ケニア人父からの夢 「反植民地主義」を継承?
再考 オバマの世界観(8)
カンボジア元首相の息子で国際通貨基金(IMF)顧問などを務めたナランキリ・ティット氏は、ハワイ大学在学中、同じ留学生のオバマ米大統領の父バラク・オバマ・シニア氏とは国際政治などを語り合う間柄だった。2人の議論を過熱させたのは、共産主義に対する意見の相違だった。
オバマ・シニア氏は、徹底した反共主義者のティット氏とは対極の考え方を持っていた。ティット氏は、オバマ・シニア氏の評伝「もう1人のバラク」の著者サリー・ジェイコブズ氏にこう語っている。
「私は共産主義が世界を救うとは信じていなかった。オバマ・シニア氏は正反対だった。彼は常に共産主義がいかにアフリカやキューバを解放したかを称賛していた。共産主義は世界を救い、資本主義は崩壊する、彼はそう考えていた」
エリート留学生のオバマ・シニア氏は、オバマ大統領と同じようにカリスマ性と自信に溢(あふ)れていた。大統領の母アン氏はそんなオバマ・シニア氏に魅了される。1961年2月、アン氏はまだ18歳だったが、2人は結婚。息子が誕生するのは同年8月のことだ。
2人を惹(ひ)き付けたのは、カリスマ性だけではない。共に共産主義や社会主義に同調的な価値観が2人の間に強い絆を生んだのだ。ソ連全盛の時代に2人がロシア語のクラスで出会ったことも、2人の政治的志向を物語っている。
野心的で自己中心的なオバマ・シニア氏は、アン氏と幼い息子を残してハーバード大学に進学。2人は64年、正式に離婚する。大統領が父親と再会するのは、10歳だった71年、この一度きりだ。
大統領にとって父親の記憶はほとんどない。このため、大手メディアは、大統領の価値観形成に父親が及ぼした影響を軽視する傾向が強い。これに対し、大統領は父親を聖像化し、左翼イデオロギーを受け継いだと指摘するのは、保守派評論家のディネシュ・デスーザ氏だ。
「大統領の自叙伝の題名は『私の父からの夢』だ。『私の父の夢』ではない。彼が父親から受け継いだ夢について書いているのだ」
大統領が具体的に受け継いだイデオロギーとは「反植民地主義」であると、デスーザ氏は解説する。同主義は「欧米の富裕国はアジア、アフリカ、南米の貧困国を侵略、支配、搾取することで裕福になり、富裕国の国内では金権政治・企業のエリートたちが一般市民を搾取し続けていると捉える概念」(同氏)だ。
オバマ・シニア氏は65年に「東アフリカジャーナル」という学術誌に執筆した論文で、「理論的には、国民が課税される人々の所得と同等の利益を得られる限り、政府が100%の所得税を課すことを止めるものは何もない」と主張した。格差是正のためなら富裕層の所得を全て没収しても構わないというのである。
この驚くべき主張も、搾取されたものは奪い返すべきだとする反植民地主義の視点に立てば説明がつくと、デスーザ氏は指摘する。その上で同氏は、大統領が格差是正のために訴える富裕層増税は、父親譲りの反植民地主義に由来するとの見方を示す。
さらに、内政だけでなく外交政策の土台になっているのも反植民地主義だというのが、デスーザ氏の持論だ。米国は搾取によって超大国になったとの認識に立ち、その償いで米国の地位を意図的に弱体化させているというのである。
デスーザ氏の主張には異論も多い。だが、オバマ氏の世界観を考える上で、共産主義、社会主義に共鳴した父親の存在は、決して無視できない。
(ワシントン・早川俊行)