フィリピン アキノ大統領の警告

新グレートゲーム 第2部
幻想だった中国の平和的台頭(10)

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中国を「第2次世界大戦前のヒトラー」として強く批判したアキノ比大統領(福島純一撮影)

 中国の平和的台頭がフィクションでしかなかったことは、誰もが知るところとなっている。

 今月初旬、アキノ比大統領はニューヨーク・タイムズからインタビューを受け、中国を「第2次世界大戦前のヒトラー」として強く批判した。アキノ大統領が言いたかったのは、チェコ・ズデーテン地方のドイツ併合を世界が許容したことで、ヒトラーの冒険主義を引き出すことになった歴史の教訓だった。

 いわゆる力をバックにした侵略の意図を打ち砕くには、ヒトラーに妥協したチェンバレン英首相のような宥和(ゆうわ)主義ではなく、悪を許さない断固とした姿勢こそが問われる。アキノ大統領とすれば、南シナ海や東シナ海で覇権的意図を鮮明にしている中国の野望を世界はそろそろはっきり「NO!」だと言わなければ、取り返しのつかない羽目に陥ると警告したのだ。

 アキノ大統領は「ヒトラーをなだめて大戦を防ごうとした愚かさ」を指摘しつつ、歴史の教訓を盾に米国の宥和外交の危険性を訴えたのだ。歴史は平和主義者こそが戦争を招く皮肉な事実に満ちている。

 そもそも「銃口こそが政権をつくる」との毛沢東イズムをDNAに持つ中国は、力の空白が生じると、すかさず侵略の牙を剥(む)いてきた歴史がある。

 1973年、米軍のベトナム撤退が決まると同時に、ベトナムが領有権を所持していた西沙諸島に侵攻、実効支配した。また1992年、比スービック、クラーク両基地から米軍が撤退すると、中国は途端に南沙諸島を侵攻し実効支配に移っている。

 そうした煮え湯を飲まされてきたベトナムとフィリピンの後ろ盾になれるのは、世界最強の海軍力を有する米国だけだ。その米国が「世界の警察官」となることを放棄し、冒険主義的な軍事拡張に乗り出している中国の「有所作為」(なすべきことをなして成果を上げる)を黙認するようだと、いつか東シナ海や南シナ海のみならず、太平洋やインド洋さえも中国の海になる懸念も浮上してくる。

 なお中国は、来月の全人代で中国版NSCとなる国家安全委員会を新設する。習近平国家主席は、そのトップの座に就く。

 評論家の石平氏は「そうなれば習氏は中国国家主席のみならず、外交や安全保障、治安維持を一元的に指揮する米大統領以上の絶大な権限を持つようになる。習氏の手に握られるのは、軍や公安、情報機関、それに司法、外交部などだ」と語る。

 だが、これまでの集団指導体制から逸脱する権力をも掌握するようになる習氏には、それにふさわしい実績が要求される。そうでなければ隠然たる影響力を持つ長老たちが許すはずがない。

 その舞台は今秋、北京で開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議となる見込みだ。習主席はオバマ大統領とプーチン大統領を前に「アジア太平洋は米中で、ユーラシアは中露で支配する」という「新型の大国関係」を迫る意向だ。

 中国が所持しているのは核のカードだ。中国は昨年12月、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「東風41」を打ち上げた。10個の核弾頭を搭載しうる東風41の射程は1万2000㌔。米国本土やロシア全域に到達する能力を持つ。

 さらに中国は東風41を改良して原潜に搭載し、南シナ海に配備する予定だ。南シナ海は深く、ICBMを搭載した原潜をサンショウウオのようにじっと潜ませ、偵察衛星に捕捉されることなく米国に対する核威嚇力とすることが可能だ。中国が南シナ海に漁業区を設定し、排他的支配を試みているのはこのためだ。

 中国は昨年出した2012年版国防白書で、これまで明記してきた「核の先制攻撃はしない」との言葉を消している。

(池永達夫)

=終わり=