ミャンマー・シャン州 辺境が戦略的要衝の地に

新グレートゲーム 第2部
幻想だった中国の平和的台頭(4)

400 マルコ・ポーロは「東方見聞録」の中にビルマを「人も居住も見当たらず、多くの象と一角獣のいる国」と記している。ユニコーンを彷彿(ほうふつ)させる一角獣は、モヘンジョダロで発見された印章にも彫られており、南アジア一帯で生息したアジア・サイと考えられる。

 ともあれマルコ・ポーロは、雲南の大理まで行きながら陸路でのビルマ越えを避けた。それほどビルマは世界から隔絶された地域だった。

 わけても、ビルマ北部のシャン州は、長らく外来の人々が足を踏み入れることを拒んだ歴史がある。マラリアや通行不能なジャングル、さらに首狩り族などが障壁として立ちはだかったからだ。

 だが、道路や通信など基礎インフラが整備されたことで、がらりと様相を変えているのが近年のミャンマー辺境の地だ。

 これら辺境の地が特異なのは、ミャンマー内部からではなく、外部からこうした近代化の波が押し寄せたことだ。

 中国の高速道路の総延長距離は10万㌔と日本の10倍に達し、米国に次ぐハイウエー国家を誇る。その高速道路は東南アジアと接する国境にまで届くようになってきた。中国と接するミャンマーの辺境地も例外でなく、モノや情報、金が流入するゲートウエーになっている。

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中国からの車両が列を成して走るラッショー・ムセ間の道路

 ラッショーの南東にあるワ州連合軍の領域もそうした地域だ。ワ州連合軍は2万5000人規模の兵士を擁し、砲兵隊や機甲部隊だけでなく、地対空ミサイルや軍事ヘリまで所持している武装集団だ。民間の軍隊としては世界最大規模を誇り、支配地域はアルバニアの領土さえ凌駕(りょうが)するとされる。こうしたちょっとした国家並みの軍団を担保しているのは、ワ地域で生産するヘロインがあるからだ。そのワ州連合軍はミャンマー軍と停戦合意し、自治と武装を認められている。

 なおミャンマーからワ州連合軍の領域に入るには検問があり、ミャンマー政府軍は入れない。ワ州連合軍領域の大部分には中国から電線が引かれ、インターネットや携帯電話さえも中国のネットワークに組み込まれている。多機能ながら手軽さが受け欧米のビジネスマンに愛されたスマートフォンのブラックベリーもミャンマーで最初に使えるようになったのは国境都市ムセやワ州連合軍領域だった。

 聖書に「先のものが後になり、後のものが先になる」とあるが、ミャンマーでは泥道を裸足の子供が駆け抜け、時代のしんがりにいたはずの辺境の地が、最先端を行く近代化のモデルになったのだ。

 道路や通信、流通といったインフラが整備されることで、見向きもされなかった僻地(へきち)が戦略的拠点に浮上することがある。ともあれ中国にとってシャン州はじめミャンマー辺境の地は、間違いなく地政学的価値の高い地となっている。

 これら辺境の地に拠点を構える反政府武装少数民族は15ほどある。その代表者がミャンマー政府と来月、和平実現に向けた会議を開催する。和平が実現すれば、60年にも及んだ両者の軋轢(あつれき)の歴史に終止符を打つことになる。同時にこれまでミャンマーと中国の緩衝地帯だったこれらの地域の地政学的なポジションがどう変化するのか、注意が必要だ。

(池永達夫、写真も)