インド洋 中国が要衝の海に布石

新グレートゲーム 第2部
幻想だった中国の平和的台頭(9)

400 インド洋は、21世紀の世界経済と安全保障の鍵を握る海洋となる見込みだ。

 GDP(国内総生産)で米国に次ぐ経済力を有するようになった中国は経済新興国の先頭を走ってきたが近年、不動産バブル破裂のリスクやシャドーバンキング問題などチャイナリスクが前面に出てくるようになった。このチャイナリスクをヘッジする「チャイナ+1」の候補地となっているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)だ。世界経済を俯瞰(ふかん)すれば最も勢いがあるのはASEANだ。さらに近い将来、ダイナミックな発展を期待されるのがアフリカでもある。

 インド洋こそは、活力と潜在力に満ちたこれら2地域を結びつける要衝の海だ。無論、世界最大の原油供給基地である中東も海岸線の一角を占めている。

 さらに人口12億人を擁するインドは、やがて2020年代には人口13億人の中国をも抜き去り、世界最大の人口を擁する国となる。そのインドの経済的ポテンシャリティーは高い。

 その意味でも、東西シーレーン(海上交通路)の要の位置にあるインド洋に浮かぶ「光り輝く島」スリランカは注目される。そのスリランカへ囲碁の布石のように、関係強化に動いているのが中国だ。かつて同国最大の援助国は日本だったが、それも2009年以後、中国に取って代わられた。同国への投資額でトップに立つのも中国だ。

 ラジャパクサ大統領の故郷である南部ハンバントタには、中国が資金を提供して南アジア最大級の港湾を整備した。また昨年3月に中国は、そのハンバントタにコロンボ国際空港に次ぐ第2の国際空港を完成させている。

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スリランカのゴールから望むインド洋に落ちる夕日

 ハンバントタの沖合10㌔は、中東からの原油タンカーが行き交うシーレーンでもある。スリランカ政府が中国の艦船に寄港を認めれば、中国は日本や韓国、台湾へのエネルギー補給路を牽制(けんせい)するバーゲニングパワーを持つことになる。

 その中国は、さらに南アジアやインド洋上、アフリカ各国への援助攻勢に出て、ますますインド洋への影響力を強化しつつある。

 中国はバングラデシュと、昆明・チッタゴン間を幹線道路で結ぶことを基本合意済みだ。ネパールとはラサとカトマンズを鉄道で結ぶ協議を始めている。パキスタン西部のグワダル港ではシンガポールの港湾管理会社PSAから中国に管理権が移り、同港から中国につながるカラコルムハイウエー沿いにパイプライン建設計画も進行中だ。一時、頓挫していた昆明とラオスの首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道建設も始まる。

 ワシントン・タイムズが最初に報道した「中国の真珠の首飾り戦略」が、今なお世界に発した警告として意味を持ち続けている。同戦略は、中東からマラッカ海峡に至るシーレーン沿いに展開している中国の一連の投資や港湾建設をいう。

 インドなどで渦巻いているのは、中国の国家資本主義をバックにしたインフラ整備事業が、いずれ軍事的な意味を帯びるようになり、インド洋周辺で覇権を握る試みに変わるのではないかという懸念だ。

 さっそくインドの有力紙ザ・タイムズ・オブ・インディアは今月7日付で、安倍晋三首相訪印直後の先月29日、中国海軍が南インド洋で軍事演習を展開していたことを報じた。

 海南島三亜を拠点とする南海艦隊の最新鋭揚陸艦「長白山」が、ロンボク海峡経由で南インド洋に入り、アラビア海周辺に展開中の駆逐艦「武漢」、「海口」と合流して、合計10隻の大規模な軍事演習となった。

 インド洋の地政学的価値は高まっているものの、インド洋を遊弋(ゆうよく)したロシア艦隊はすでに消えて久しい。米国はシェールガスという新エネルギー資源開発に成功し、安全保障の軸足を中東から外しつつある。

 力の空白をつくってはならないというのが安全保障の鉄則だ。「米国は世界の警察官になるべきではない」と言うオバマ大統領の脇の甘さに付け込もうという勢力が存在することを忘れてはならない。

(池永達夫、写真も)