ミャンマー国境都市ムセ 機能する通報システム
新グレートゲーム 第2部
幻想だった中国の平和的台頭(5)
中国雲南省の瑞麗市と国境を接するムセに入った。ホテルにいたフランス人バックパッカーは、うんざりしたような顔を見せ「見るものなんて何もない退屈な町だ。これからもう一度、ティーボーに帰って仕切り直しだ」という。
なるほど少数民族や景観のいい山を好むネイチャー派には、ミャンマーと中国を結ぶ物流拠点になっているムセの魅力はいまいちなのだろう。
国境都市には大抵、犯罪者が暗躍しているものだ。不法入国者や麻薬や武器の密輸業者などが典型だ。当然、治安組織の目線は厳しく、バックパッカーは窮屈に感じるのかもしれない。
いかれた模様を描いたトヨタ車の運転手が、ハンドルに手を置いたまま「どこに行くのか」と聞いてきた。ふざけて「ミッチーナ」と答えた。
ムセからミッチーナへは反政府武装少数民族の支配地域を通らざるを得なくて、道は閉ざされている。てっきり白タクだと踏んで、どこか抜け道があるか探ろうと思ったのだが、「そうか、乗れ」という。
だが、そんな海のものとも山のものとも分からないものに乗れるわけがない。
それで断ったつもりだが5分後、突然、警察官を連れてきて、改めて「乗れ」と命令してきた。
拉致や誘拐事件を懸念した私は「警察のIDカードを見せろ」と要求した。幸運にも彼はIDカードを所持していない。それでも「署まで連行願う」と言う。
こちらも「ああ、いいよ。だが、その怪しげな車には乗らない。歩いて行くから、車で後ろをつけてこい」と言い放って一方的に歩きだした。強引に連れ込まれるのかと思ったが、意外にも彼らはとことこ、こちらの歩行スピードに合わせて車を転がしてくる。
それから5分後、今度は、本物のパトカーがやってきた。上司らしい警官が降りてきて、「どこから来たのか」と問う。
「日本から」
「だったらパスポートを見せて」と身分証明を要求してくる。
「残念ながらパスポートはホテルに預けて今、所持してない。そこのホテルまで一緒に来てくれ」と答え、ホテルのレシートを見せた。ミャンマーのホテルは大抵、前払いでしかもパスポートを預けないといけない。
もう疑う余地はなかった。彼らは正真正銘の国境警察官だ。
だが、パトカーに乗り込んで2分後、ホテル前に到着すると、覆面パトカーのメンバーを含めて7人の警官たちは、パスポートの確認もしないまま立ち去った。
思い当たる節があった。国境ゲートの裏手で中国側の写真を撮っていた時、いぶかしそうに見ている人がいた。彼が「怪しげな奴がいる」と通報したに違いない。それから間もなく覆面パトカーが現れ、5分後に警官が、さらに5分後に上官が駆けつけてきた。
思わず30年ほど前の全斗煥韓国大統領一行の暗殺を狙ったアウン・サン廟(びょう)爆破事件を思い出した。この時、実行犯の北朝鮮工作員はすぐに逮捕された。市民の通報が功を奏したからだ。そうした通報システムがいまだ機能しているのを身をもって知った。
高層ビルが林立する雲南省瑞麗市と田舎町にすぎないムセは、五星ホテルとゲストハウスのようにそもそも都市の格において違う。だがムセの国境警察は、中国から反政府武装少数民族へ搬入される武器の取り締まりや犯罪者の摘発にピリピリして働いている。その現実に遭遇したことで、フランス人とは対照的に刺激的なムセとなった。
(池永達夫、写真も)