国の在り方、真剣に論議を

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

憲法改正の動きを歓迎
縮小の感を拭えない「加憲」

 待望の憲法改正の動きが進みつつあるようである。安倍首相は、自民党総裁として、秋の臨時国会で「憲法審査会に自民党の改正案を提出したい」旨発言し、これにより11月には公明党、維新の会との協議を経た改正案をまとめ、臨時国会に提示する予定がうかがえることとなった。実に結構な動きであり内容の濃い議論を重ね国民の納得を得られる改正案を提示してほしいものである。関連して若干の所見を披露したい。

 憲法改正の焦点は、言わずもがな「9条」に絞られる。現在の動きは、戦後多くの憲法学者が「違憲」と断じた自衛隊の存在問題に、明確な根拠を付与するため「9条の3」または「新10条」を設ける案で検討が進んでいるという。いわゆる「加憲」である。戦後政治において左翼的症候群が横溢(おういつ)する中、自衛隊違憲論争は、大きなうねりをもたらし、国家にとって「自衛権」は憲法以前の基本的事項とする一連の「自衛隊合憲論」との抗争が長年続いた。この間、自衛隊は警察予備隊として発足以来67年に及び、その存在と活動は多くの国民の是認するところとなっている。この時期、憲法上疑義があるのであれば、改憲して根拠を明確にすることは、誠に結構なことなのである。

 「加憲」は基本的に公明党が主張する用語で、その心は、憲法9条はそのまま全文を残し、「足らざる部分を加える」姿勢なのである。これは、現憲法の持っている問題点は依然として引き継いだまま、自衛隊の根拠等足らざるところを明確にするにとどまることとなり、縮小の感は拭えない。平成24年4月に発表された自民党憲法改正草案では、交戦権、陸海空軍戦力といった誤解を受けやすい表現を避け、国防軍の保持を明確に規定しているのに比べるとその感が強い。

 ここで、自衛隊OBの意見を筆者が接した範囲で披露すると、改憲の動きを歓迎し、自衛隊の根拠を明確にすること、国防軍の位置付けを行うこと、交戦権、戦力非保持といった誤解を生みやすい表現を避けるといった内容に集約される。ちなみに、「交戦権」は、明確な定義がなく、使用例も限られる上、戦争国に与えられる相手国へ出入りする第3国船舶の臨検といった国際法上認められた権利を放棄することになりかねないことから適切な表現に置き換えることが必要である。戦力についても、自衛権の範囲内の実力は憲法に言う戦力に当たらないとする解釈が成り立っているわけであるが、周辺国軍事情勢、兵器技術の進歩等から、質的量的に境があるわけではなく明快ではないといった見解である。

 不磨の大典と自称した大日本帝国憲法は、明治22年から56年でその幕を閉じ、日本国憲法は発布以来70年その齢(よわい)を重ねた。「米国の押し付けた憲法」といった酷評もあるが、歴史上初めて、異国との戦に敗れ、占領軍統治を受ける中、天皇制という国体を維持し、平和主義、民主主義を定着させていった現憲法の役割は高く評価すべきものである。憲法制定の経緯は省略するが、占領統治の実権が、米国占領軍からソ連・中国を含む関係11カ国による「極東委員会」に移管される局面を控え、これを心配したマッカーサー司令官の急遽(きゅうきょ)の贈り物と捉えるべきと考えている。

 問題の9条は、憲法前文とも関連しブリアン・ケロッグ協定(パリ不戦条約)を色濃く反映した平和主義の象徴と言える表現であるが、心配された東西対立の激化、朝鮮戦争の勃発と言う厳しい現実に直面し、わずか3年後、警察予備隊の発足という事態に至る。以降保安隊・自衛隊として、東西冷戦下、防衛力の構築が進んだ。国力国情に応じ漸進的に防衛力を整備した創成期、小規模侵攻独力対処を目途(めど)とした基盤的防衛力時代、冷戦崩壊を受けて、任務の多様化を図り、国際・国外任務に幅を広げて今般に至ったわが国の防衛力は、今また大きな情勢の変化に直面している。中国の異常な軍拡とこれを背景にした南シナ海領海化、軍事基地化の動き、そして北朝鮮の核武装化の急速な進展である。

 正直ここ10年、わが国は「財政再建」の事情もあり、周辺軍事情勢の変化に応分の対応ができなかったことは事実である。憲法改正の動きと同じ時期、新しい「防衛計画の在り方」を検討し新しい対応を目指すべき時期にある。この状況を踏まえ、憲法改正に当たっては、先を見通した内容の深い議論を尽くしてほしい。

 先日、高校の同窓会で、旧友と久しぶりに再会、若干の会話を楽しんだ。彼は内閣法制局にあって、自衛隊の任務多様化、海外派遣の開始という困難な時機、法制整備に活躍した人物であるが、改憲に関しては意見を異にした。彼曰(いわ)く、法制局サイドは、野党勢力の追及厳しい中、法制整備に当たって、自衛権を根拠に自衛隊が活動するに必要な法制解釈をその都度確立し、任務遂行に重大な支障なきを期してきた自負がある。今さら憲法を改正し、長年積み上げてきた合憲、自衛権理論を無視するごときには賛成できないと言うのである。なるほどと思う半面、長年自衛隊の発展を支えてきた多層にわたる階層にそれぞれの思いがあることを痛感した。いずにせよ、改憲の動きを契機に、防衛問題について、国の在り方について真剣な論議の必要性を感じる。

(すぎやま・しげる)