「安倍・トランプ」関係が始動

櫻田 淳東洋学園大学教授 櫻田 淳

上出来だった首脳会談
確認できた日本への「敬意」

 ドナルド・J・トランプ(米国大統領)が安倍晋三(内閣総理大臣)を「異例の厚遇」をもって迎えた先刻の日米首脳会談は、「安倍・トランプ」関係の始まりを画すものであった。安倍にとっては、「トランプに近付き過ぎる」リスクを指摘される中の会談は、上々の成果を挙げたと評価されよう。

 筆者は、このたびの日米首脳会談に際しては、個別の政策対応うんぬん以前に、トランプの姿勢から安倍という政治指導者、あるいは日本国家への「敬意」が伝わって来るかに注目していた。

 自ら「米国史上初の太平洋系」と評し、アジア・太平洋地域との「縁」を隠さなかったバラク・H・オバマとは対照的に、トランプの従来の言動からは、日本を含むアジア・太平洋地域に対する格別な「関心」や「縁」を読み取ることは難しかった。

 貿易や為替に絡むトランプの発言は、彼の対日認識が1980年代のままで止まっているのではないかという疑念を生じさせた。さらに言えば、トランプの首席戦略官に起用されたスティーブ・バノンをはじめとする彼の側近層や彼の支持層の中に漂う「白人至上主義・欧州志向」傾向は、トランプのアジア認識に歪(ゆが)んだ影響を与えていると疑われたのである。

 故に、筆者は、そうしたもろもろの疑念が晴らされれば、「トランプの米国」に向き合う際の不安や懸念は、一定の程度まで減殺されるであろうとみていた。

 実際のところ、日米首脳会談後の記者会見の席で、トランプは、「日本は豊かな歴史と文化を持つ誇り高い国である。アメリカ人は貴国とその伝統に深い敬意を抱いている」と語った。この発言の後に、「総理大臣閣下、私はこの機会をとらえて、閣下と日本の人々がわれらが軍隊を受け入れてくれていることに謝意を表したい」という発言が続き、それは、在日米軍駐留費負担の拡張を要求していたこととの対照から、驚きをもって迎えられている。

 その翌日、北朝鮮のミサイル発射の報を受けて急遽(きゅうきょ)、設定された記者会見の席で、トランプは、「全ての人は、アメリカが偉大な同盟国、日本と百パーセントともにあることを知るべきだ」と語った。トランプの口から日本について「誇り高い国」「偉大な同盟国」という評が出たことを確認できたことにこそ、このたびの安倍の訪米における最大の成果がある。

 「日米同盟はアジア太平洋地域における平和、繁栄および自由の礎である」「日米安全保障条約第5条は尖閣諸島に適用される」「関係国に対し、南シナ海における緊張を高め得る行動を避け、国際法に従って行動することを求める」、さらには「北朝鮮に対し、核や弾道ミサイル計画を放棄し、挑発行動を行わないよう強く求める」といったように、このたびの日米共同宣言で確認されたもろもろの事柄は、そうしたトランプの対日認識に裏付けられてこそ、確かな意義を持つものであろう。

 筆者は、トランプの政治姿勢には、総じて批判的なまなざしを向けてきた。トランプの政治姿勢は、端的に言えば、米国に対して多くの人々が抱いたであろう「共感」を剥落させている。

 イスラム圏7カ国からの入国制限を趣旨とする大統領令は、自由と開放性を旨とする米国の国家イメージを揺るがせたという意味において、「アメリカらしくない」という批判を免れないものであった。

 また、大統領令の評価は脇に置くとしても、司法府との対立を躊躇(ちゅうちょ)しないトランプの姿勢は、当座の安全保障の確保を大義にして、米国の「国体」を揺るがせるようなことをしてもよいのかという問いを投げ掛けた。

 とはいえ、筆者が安倍を含む日本の政治家の「参謀」であるならば、「トランプに対して、大統領令の件を含めて余計なことは口にしない」対応を採るのは、合理的であると判断するのであろうと思われる。

 「入国制限」大統領令がいくら米国内外の不評を招いたとしても、それが日本を対象にしたものではない限りは、その不評をあえてトランプに指摘したところで、日本が得られる利益は甚だ乏しいからである。

 トランプが「米国を再び偉大にする」趣旨で打ち出している政策対応は、それが米国内外の反発や混乱を招いているが故に、本当に「米国を再び偉大にする」ことに結び付くのかは定かではない。仮にトランプが「米国を再び偉大にする」ことに失敗した場合には、同盟国たる日本もまた、その影響を避けることができないかもしれないけれども、それでもトランプの政策対応は結局、米国の「御家の話」でしかないのである。

 「バラク・H・オバマであれドナルド・J・トランプであれ、米国大統領は米国大統領である」。そのように割り切った姿勢こそが、今は大事であろう。

(さくらだ・じゅん)