【特報】南西諸島防衛に空白生むな
「島しょ侵攻事態に対処」
中国の習近平政権が尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖への領海侵犯を繰り返し危機感が増している中、領土・領海を守る砦(とりで)となっているのが自衛隊だ。10月16日から今月5日にかけて、九州・沖縄エリアの防衛を担当する陸上自衛隊西部方面隊による国内最大規模の実動演習「鎮西演習」が九州・沖縄全域で行われた。本紙記者(豊田)は4、5日、報道陣に公開された大分県の日出生(ひじゅう)台演習場(由布市、玖珠町、九重町)での訓練を取材。防人たちが、領土・領海・領空をなんとしても守ろうとする気迫を感じた。(沖縄支局・豊田 剛、写真も)
気迫こもる陸自実動訓練
「パンパーン」という音が日出生台演習場に響き渡り、白濁色の噴煙と砂ぼこりが晴れ渡った演習場に舞い上がった。大分県中部に位置する西日本最大の演習場を島に見立てて行われた実動演習の一コマだ。演習場の中央で上陸部隊と守備部隊が対峙(たいじ)する場面では、機関銃や戦車から空砲が放たれ、実戦のような緊迫感に包まれた。
秋恒例の鎮西演習は今年で11回目。今回のテーマは「島しょ侵攻事態の対処」だ。すなわち、離島を守り抜くだけでなく、侵攻された際にいかに取り戻すかに重点を置いた。期間中、約1万6千人、車両約3千両、航空機約50機が参加した。コロナ禍にありながら、例年通りの規模だったのは、南西諸島の防衛のために、軍事的空白を許さないという強い意志の現れだ。
訓練内容は、対空攻撃作戦、対艦攻撃作戦、基地警備、情報・システム通信、兵站(へいたん)(物流)・衛星運用、水陸両用作戦から人事・会計に至るまで多岐にわたる。対空・対艦作戦では、情報通信の分野で空自と海自とも連携した。
演習場内には杭(くい)の先端に青色のビニールテープが付けられていた。これは海岸線の目印だ。港湾がある島の東側から敵が上陸するという設定に。日本版海兵隊とされる水陸機動隊が上陸する敵役となった。海岸線を敵に渡さないよう守備部隊が監視し、敵を撃破する態勢を整えた。敵の上陸後、レーダーや目視でお互いに相手の動きを観察しながら、一歩進んでは後退するという実戦さながらのシミュレーションを行った。敵の進出を許した場合、なぜそうなったのかを振り返りながら、次の手に備えるというものだ。
敵には、銃火器のほか、地対艦ミサイルや多目的弾道弾、10式戦車による砲撃などで対応する。車両や構築物は草を使ってカムフラージュ。隊員も顔を泥で塗って敵に見つかりにくいよう工夫。普通科隊員らは、レーザー光によって被弾の程度を判定する「バトラー」という装具を装着した。
離島では地質的に地下を守る施設(掩体〈えんたい〉)が作りにくいため、簡易の構築物を設置し、そこに師団指揮所が入り、装備品を保管した。
取材陣を乗せたマイクロバスが到着すると、隊員にとっては想定外の訓練の一部となる。記者らは取材する先々、「保護すべき一般市民」として安全な場所で保護された。
取材した4日と5日は雲一つない快晴だった。5日の朝は、放射冷却の影響で訓練場の最低気温は氷点下を記録。その間、風呂もシャワーもなく、携帯品で体をきれいにする。女性であっても条件は同じだ。
「常に緊張感があり、まともに横になって休むことはない」。ある隊員はこう話した。陸自幹部は、「鎮西演習は国内外に自衛隊の能力をアピールする場でもある」と述べた。
日米初の宇宙監視訓練も
鎮西演習と連動する形で、今年度最大規模の日米共同実動演習「キーン・ソード」が同時期に実施された。新型コロナウイルスが世界的に感染拡大して以来、初の日米の大規模演習となった。自衛隊と米軍がさまざまな分野で連携する中で、自衛隊の即応性と日米の相互運用性向上を目的に2年に1度行われているものだ。今回の演習では、離島防衛を想定した着上陸訓練を鹿児島県の臥蛇(がじゃ)島で実施した。
情報能力の向上が願われているが、「キーン・ソード」では、宇宙状況監視訓練も初めて行った。山崎幸二統合幕僚長は「宇宙・サイバー・電磁波といった新領域での能力向上を図りつつ、日米同盟の抑止力、対処力の強化を図っていく」と位置付けている。
また、今年8月から9月にかけて実施された北部方面隊による最大の実動訓練「北演」でも南西諸島へのシフトが見られた。鎮西と同様に、道内の複数の演習場を島に見立てた訓練だ。また、北海道から九州に戦車をフェリーで輸送する訓練もあった。
中国公船が尖閣諸島の接続水域内を航行した日数は今月4日、年間285日となり過去最多を記録した。領海に侵入したのは今年20回目で、これも過去最多。14日現在、69日連続で接続水域内を航行している。
中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会はこのほど、海警局の公船に外国船への武器使用を認める「海警法」草案を公表した。これが実現されれば、自国領と主張する中国が日本漁船を武力行使の対象にする可能性もある。
こうした中、防衛省は2021年度、沖縄など陸自駐屯地全国6カ所に、電波や赤外線で攻撃を防ぐ「電子戦」部隊を新設する計画を明らかにした。南西諸島周辺では中国軍が自衛隊や米軍の電波情報の収集を強めているとされ、体制強化が求められている。来春には健軍駐屯地(熊本県)に初の電子戦専門部隊が置かれ、離島防衛に特化する「水陸機動団」と連携する。
また、尖閣諸島が所在する石垣市では、海上自衛隊誘致の動きが具体化している。石垣島では現在、陸自配備に向けて工事が進められているが、海自計画はない。八重山防衛協会(三木巌会長)はこのほど、防衛相に石垣島への海自誘致要請を行った。要請では「中国海警が海軍と一体となって運用しており、現状では対応できない」とし、一日も早い海自配備を求めた。南西諸島防衛には待ったなしだ。