前進するか「日韓トンネル計画」、韓国・新釜山市長が選挙公約に

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 韓国・ソウルと釜山両市長選挙は共に野党候補が圧勝した。来年の大統領選を占う意味で日韓関係に影響を与えるとして日本でも注目を集めたが、釜山市長選では、特に日本に関わるテーマが話題となった。当選した朴亨埈(パクヒョンジュン)氏が九州北部と韓国南部をトンネルで結ぶ「日韓トンネル構想」推進を公約として掲げたからだ。「一般財団法人国際ハイウェイ財団」が約40年前からトンネル事業を進める佐賀県・唐津、長崎県・壱岐、対馬の現場を取材した。(社会部・川瀬裕也)

唐津・壱岐・対馬の現場を行く

 福岡空港から西へ車を約2時間走らせると、玄界灘に突き出た佐賀県唐津市の東松浦半島に着く。豊臣秀吉が朝鮮出兵の要所として陣を置いた名護屋城跡から数分の所に、同財団が掘削した日韓トンネルの調査斜坑がある。入り口には日本語とハングルで「日韓トンネル唐津調査斜坑」と書かれた看板が掲げられている。

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韓国に最も近い、対馬・阿連調査斜坑の坑口9日、長崎県対馬市(川瀬裕也撮影)

 調査斜坑とは、海底トンネルなどを建設する際、地質調査を主目的に海岸近くに試験的に掘られる急勾配のトンネルのこと。現時点の同調査斜坑の長さは540㍍で、深さは海抜マイナス56㍍に達する。

 同斜坑には毎年、国内外から日韓トンネルに関心を持つ多くの人が見学に訪れる。一昨年には「世界三大投資家」の一人として知られるジム・ロジャーズ氏も視察するなど、注目が集まっている。

 日韓トンネル構想は、1981年にソウルで開催された第10回「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」で、世界的宗教指導者、故文鮮明師が世界中の自由な往来を可能にする「国際ハイウェイ構想」の一環として提唱したもの。

 それに基づき、翌年には国際ハイウェイ財団の前身である「国際ハイウェイ建設事業団」が、翌々年には専門家らが助言する「日韓トンネル研究会」が設立され、調査・研究が行われてきた。

 日韓トンネルのルート案は主に三つ提唱されている。その中で、唐津から壱岐を通り、対馬を抜けて韓国・巨済島に入る「A案」が、現在最も実現性が高いという。A案のルートに従い、取材の足を唐津から壱岐へ向けた。

 唐津からフェリーで2時間弱、古くから朝鮮との交易の地として栄えた壱岐に到着した。一番高い山でも200㍍台という平坦(へいたん)な土地で、米や野菜、魚、牛など、豊かな生活資源に恵まれた島だ。

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 東海岸に位置する八幡半島の先端にある、壱岐を代表する景勝地の一つ「左京鼻」。そこから海岸沿いを西へ少し進むと、芦辺斜坑現場がある。斜坑現場と言ってもトンネルはまだ掘られておらず、来月から作業事務所を設置する予定だという。

 壱岐から水上ジェット船で約1時間かけ、次なる目的地の対馬に到着した。平坦な壱岐とは対照的に、ごつごつした高い岩山が多く、田園もほとんどない。

 島の南西部に位置する厳原(いづはら)町阿連(あれ)に斜坑現場がある。作業事務所と坑口が完成しており、今後、水や電気などのパイプライン整備や、トロッコを引くためのウインチ小屋の建設を進める予定だという。

 現場に向かう山道の入り口で、携帯の電波は圏外になったが、坑口に着く頃、外務省から海外渡航の注意を呼び掛ける通知が入った。驚くことに韓国の通信会社の回線エリアに切り替わっていたのだ。対馬北端にある「韓国展望所」から、天気の良い日には海の向こうに釜山の街並みを見ることもできる。それほどまでに対馬と韓国は近い。新型コロナウイルスが流行する前は、韓国人観光客が大勢来ていたという。

 距離的にも経済的にも韓国と強く結び付いている対馬にとって日韓トンネルはまさに「夢のトンネル」。対馬在住の主婦に話を聞くと、「対馬から韓国に楽に行けるようになるし、本土から対馬に来る人も増えるのでは」と期待感を示した。

 一方で、難しい点もあるようだ。対馬市議会関係者によると、2013年に同市が日韓トンネルの早期建設を政府に求める意見書を議決した際、全国から多くのクレームが寄せられたという。「日韓関係の悪化が原因だろう」と前出関係者は言う。

 これに対し、同市議会議員の大浦孝司氏は「悪化する日韓関係の中でも、対馬と釜山はうまくやってきた」とした上で、「小さなしがらみに囚(とら)われず、未来を見据えて考えた時、(日韓トンネルで)両国を繋(つな)ぐ意味は大きい」と話した。

 このほか、韓国最大野党「国民の力」の金鍾仁(キムジョンイン)非常対策委員長が「日本に比べてはるかに少ない財政負担で、巨大な経済効果が期待できる」と発言するなど、約10兆円の建設資金を両国でどう負担するかなどの問題もある。

 実現までに越えなければならない壁も多い日韓トンネルだが、各所では着々と準備が進む。国際ハイウェイ財団の関係者は「両国を『陸続き』にすることは、日韓の負の歴史を乗り越える大きな契機となる」と期待している。