“わがごと感”持ち早期避難を、江戸川区の水害ハザードマップ

 ここにいてはダメです―東京都江戸川区が昨年5月、11年ぶりに改訂した水害ハザードマップの表紙の地図に記されたフレーズだ。インパクトのある表紙はメディアやSNSでたびたび話題となっており、当初住民の中からは「引っ越したくなった」「不安だけあおっている」という不満の声が出るほどだった。だが、昨年10月の台風19号上陸の際に3万人以上が避難。ハザードマップは区民に徐々に浸透している。(社会部・石井孝秀)

台風19号で関心高まる
住民の防災意識向上に手応え

 満潮時の水面より低い「海抜ゼロメートル地帯」が土地の大半を占める江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は2015年10月、大規模水害時の避難対応を検討する「江東5区大規模水害対策協議会」を設置した。同協議会は18年8月に「江東5区大規模水害ハザードマップ」を作成。そのリーフレットには「ここにいてはダメです」のフレーズ入りの地図が掲載されていた。

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表紙に「ここにいてはダメです」と記された江戸川区の水害ハザードマップ

 江戸川区のハザードマップは、同協議会のものをベースに作られた。危機管理室防災危機管理課の本多吉成統括課長は「検討段階では広域避難(浸水の危険のない別の地域に避難すること)という言葉を使っていたが、一般的ではないので理解しやすい言葉を載せようということになった。表紙だけでなく中身を見て、大規模水害が起きたらどうなるかをしっかり考えてほしい」と説明する。

 同区のハザードマップでは土地の抱える水害リスクを詳しく紹介している。荒川や江戸川などの大河川と海で囲まれた同区は、約7割が海抜ゼロメートル地帯。想定最大規模の豪雨や高潮が発生すれば、場所によっては10㍍以上の浸水が発生し、避難が遅れると多くの命が失われる恐れがある。

 また、ほとんどの地域で1~2週間以上、水がひかないと予想されており、水道・電気・ガスなどのライフラインが停止する可能性も高い。仮に高層マンションに住んでいても食料の確保やトイレの使用も困難になり、身体的・精神的に大きな負担を背負うことになる。

 そのため避難方法も高台に逃げる垂直避難ではなく、事前に区外へ脱出する広域避難が推奨されている。ただし、避難先は親戚や知人の家、宿泊施設、勤め先など各自で確保することが求められている。

 この避難方針に戸惑う区民は多い。区が説明会などを開くたび、参加した人々から「区外に知り合いがいないので、行政が避難先を確保してほしい」「要介護の父がいるため、何かあっても残るしかない」などの意見が飛び出している。

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ギャラリートークで解説を行う野口正和主査1月25日午後、東京都江戸川区の篠崎文化プラザ(石井孝秀撮影)

 同協議会では「広域避難場所の確保に努める必要がある」としているが、5区全体で浸水域の人口は約250万人だ。公的機関の支援だけで、これだけの人数が避難できる収容先を確保するのは難しく、「国を交えて検証はしているものの、しばらく時間がかかる」(同課)という。

 一方で、昨年10月の台風19号上陸の際、同区では約3万5000人が避難した。周辺地域の中では一番避難者が多く、各地で説明会などを開いてきた同課では住民の防災意識向上に手応えを感じている。

 昨年11月9日から今月9日まで、篠崎文化プラザ(同区篠崎町)で開かれた改訂版ハザードマップをテーマとする企画展示には3万人以上が来場した。来場者へのアンケートには、「見学を義務にするべきだ」という好意的な意見や「自宅が売りにくくなってしまった」などの不満も寄せられており、訪れた人々が真剣に展示内容と向き合っていたことが分かる。

 1月25日に行われた、危機管理室防災危機管理課の野口正和主査によるギャラリートークには、定員30人のところを大きく上回る80人が参加した。野口主査は18年に岡山県・真備町で50人以上が死亡した大規模水害を例に出しながら、「浸水が迫っていても『私は大丈夫だ』『誰かが何とかしてくれる』という過小評価があると避難を妨げてしまう。“わがごと感”を持って、今なら避難できるという考え方にシフトしてほしい」と訴えた。

 記者も江戸川区在住であるため、広域避難を実行に移した一人だ。台風19号の時には当時妊娠中の妻を連れて区外のホテルに脱出した。事前に配布されていたハザードマップは、その判断材料の一つだった。区の避難体制はまだ整備途上ではあるが、命に関わる貴重な情報であることは間違いない。