INF条約破棄の波紋
ロシア研究家 乾 一宇
米の対応で日本にも影響
露、イージス・アショアを警戒
米露間の中距離核戦力(INF)全廃条約について、トランプ米大統領同様、プーチン露大統領も、3月4日、条約の履行停止の大統領令に署名した。条約は8月初めに失効する。
本条約について、本欄(1月14日付)で取り上げ、米露2国間の条約であり、互いに相手の違反を非難しているが、中国の増強著しいINF兵器への米露の対応の一面を指摘した。
ここではロシアの主張を紹介しながら、日本との関係を含め破棄後の影響を考えたい。
欧州での軍拡は回避へ
ロシアは、これまでドイツ統一時に合意した北大西洋条約機構(NATO)東方不拡大の反故(ほご)、アメリカのイランが主対象だとする旧東欧衛星国へのミサイル防衛(MD)システムの配備を激しく非難してきた。防衛用と言っているが、それは容易に攻撃用に改造できるものである、と。
同じく、INF条約の破棄後のアジアにおいては、日本へのミサイル防衛システム配備がロシアに脅威を与えるという。日本に配備される地上型イージス・アショアはアメリカの全球的規模のミサイル防衛システムの一角を担うものであり、欧州配備と同様、ロシアに向けた中距離ミサイルの発射装置として使われる可能性がある。中距離ミサイルの最大の長所は数分間で目標に到達できることだ、と強調する。
2月5日のミュンヘンでの日露外相会談でも、ラブロフ露外相は「米国による全世界的規模のミサイル防衛システムの一部が日本の領土に配備された場合、これはINF条約の違反である。イージス・アショアの配備目的は公には迎撃ミサイルの発射のためのものであるものの、一方でこれは攻撃用巡航ミサイル「トマホーク」の発射のために用いることができる」と河野外相に説明している。イージス・アショアの使用するランチャーは、攻撃型巡航ミサイル・トマホークと同じもので、その気になれば攻撃兵器になる。
昨年12月に日本政府は、国内に2基のイージス・アショアを配備する決定を発表した。計画では2023年までに秋田県、山口県に各1基が配備される。
米国の条約破棄の理由説明や調整のため、ボルトン大統領補佐官が昨年10月訪露、プーチン大統領や国防相等と会談した。11月には、パリで条約離脱後もINF兵器を欧州に配備する計画はないと言明している。国防費に限界のあるロシアにとっても欧州での軍拡競争は当面避けたいところである。つまり、今回の米露の離脱要因の主対象は中国であることを示唆している。
中国の「東方」弾道ミサイル、「紅鳥」巡航ミサイル、「長剣」巡航ミサイルは、米露のINF条約では保有禁止になるものである。ハリス米太平洋軍司令官は、14年4月、上院で中国保有の全ミサイルの95%が該当する、と証言している。中国は、昨年4月に核弾頭搭載可能な新型中距離弾道ミサイル「東方26」を正式に配備した、と公表してもいる。射程4000㌔、マッハ5の高速で迎撃困難と言われている。
中国は多国間交渉拒否
破棄の主対象が中国であっても、アメリカのアジアでの条約破棄後の対応は極東ロシアや日本にも直接・間接に影響してくる。その一つが前述したロシアのイージス・アショアへの懸念である。さらに、米露の地上発射弾道ミサイルや巡航ミサイルの本格的な開発・配備も予想される。米露がINF兵器管理の多国間交渉を提起しているが、軍拡路線を走る中国の対応は否定的である。
トランプ大統領は自国第一主義を実現しようとし、中国、ロシアは力を第一とし、国際社会を変えようとしている。このような変化に鈍感な日本社会は、戦後70数年、相も変わらず国内政局に明け暮れる野党の非建設的な言動、それを大きく報道するマスコミ、これらを多くの国民は不思議とも思わない。それぞれが安全保障にもう少し関心を持つことを望みたい。
(いぬい・いちう)