民主国家のストロングマン

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬みき

トランプ大統領と連携
世界で幅を利かす権威主義

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬みき

 さすがに今回は勝利が難しいと思われたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が5度目の再選を果たした。贈収賄や詐欺による起訴、元イスラエル軍の指揮官であったベニー・ガンツ氏という強力な対抗馬もネタニヤフ氏を負かすことはできなかった。

ネタニヤフ再選を支援

 勝利にはトランプ米大統領の後押しを見逃すことはできない。選挙直前、恒例のアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)会合に出席するため訪米したネタニヤフ首相は、トランプ大統領からゴラン高原をイスラエルの領地と認める、という大プレゼントをもらった。これにはさすがのネタニヤフ首相も信じられないという驚きを満面の笑みに表していた。

 そのトランプ大統領の勢いも止まらない。ロバート・モラー特別検察官の調査報告が、黒塗り部分が多数あるものの全文公表された。2016年大統領選挙時にトランプ陣営とロシアとの結託はなかったとされたものの、司法妨害に関しては無実であるとは言えないとの判断であった。しかしトランプ大統領は両面で完全潔白が証明された。調査を始めた人々の責任を追及すると攻勢に出ている。

 両国とも民主主義国家である。トランプ大統領はモラー調査をやめさせると繰り返し脅したが、調査は完成された。前司法長官は大統領を擁護しなかったことで辞任を余儀なくされ、大統領支持者が後任に任命された。しかし裁判所は大統領の移民政策の一部を違法と裁断するなど司法制度は機能している。議会も独立しており、大統領の意のままにはならない。メディアの厳しい調査報道も続いている。

 イスラエルは中東唯一の自由民主主義国家と言える。パレスチナ系市民の扱いは平等とは程遠いが、周辺国で裁判所が大統領や首相を起訴することができるだろうか。市民には表現の自由があり、マスコミも首相やその政策を厳しく批判することができる。

 両者ともに世界にファンがいる。ブラジルの新大統領ジャイル・ボルソナロ氏は「ブラジルのトランプ」といわれ、ネタニヤフ首相との友情を有権者に誇らしげに宣伝する。これは国内のエバンジェリカル(福音派)有権者には大きな効果があり、またトランプ大統領、アメリカのエバンジェリカル、彼らに選出された議員たちからも温かな目で迎えられるという効果がある。

 麻薬取り締まりで5000人以上の市民の殺害を許したフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領、報道の自由や司法の独立を妨げ、難民受け入れ割り当てを断固拒絶し欧州連合(EU)の問題児となっているハンガリーのビクトル・オルバン首相は共にイスラエル詣でをしている。オルバン首相は「ハンガリー人のためのハンガリー」を主張し、ネタニヤフ首相はユダヤ人のためだけのイスラエルを目指す。それを応援するかのようなトランプ大統領は白人至上主義者を批判しない。トランプ大統領はドゥテルテ大統領と「素晴らしい関係」を結び、昨年秋オルバン首相が再選を果たすと、わざわざ電話をかけ祝辞を述べた。

プーチン氏とも協力

 アメリカの全諜報(ちょうほう)機関、そしてモラー調査もロシアがアメリカの大統領選挙に介入したのを疑いのない事実としている。しかし、トランプ大統領はプーチン大統領の「ロシアは無実」という言葉を信じると述べている。一方、ネタニヤフ首相はイスラエルの選挙の5日前に突如ロシアを訪れ、プーチン大統領と固く抱き合っている。

 かつてアメリカは自由民主主義を願う人々の希望の光だった。イスラエルは中東地域で唯一の民主主義国家であることでアメリカは同国を支援しやすかった。しかし今、アメリカ大統領の政策には人権は全く配慮されず、法治体制をあざ笑うかのような指導者たちが手を差し伸べられている。中東唯一の民主主義国家では一部市民の権利の迫害がさらに進んでいる。

 冷戦終結時、自由民主主義が世界に広まるという楽観的な見方が広まった。しかしそれからわずか30年。アメリカとイスラエルという民主主義国家の指導者が他のストロングマンと手をつなぎ、権威主義が世界で幅を利かせるようになっている。

(かせ・みき)