弾け始めた南北融和バブル
「歴史的」と持ち上げられた韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による初の首脳会談から1年が経過した。会談直後から南北融和ムードが一挙に高揚したが、北朝鮮は国際社会の期待を裏切り非核化へ一歩も踏み出していない。米朝対話の仲裁役を果たそうとした文政権は逆に双方から不信を買い、行き場を失っているように見える。(ソウル・上田勇実)
米朝決裂で韓国無策
文在寅・金正恩初会談から1年
首脳会談からちょうど1年の27日、開催場所となった軍事境界線上の板門店では政府主催で記念行事が行われた。「平和パフォーマンス」と題しさまざまな公演が行われたが、北朝鮮側からは誰も参加しなかった。両首脳が満面の笑みを浮かべながら何度も固い握手を交わし、融和を印象付けた1年前の光景が嘘のようだ。
文大統領はビデオメッセージを寄せ、「時には難関を前にしばし呼吸を整え一緒に道を探さなければならない」と述べ、南北共同歩調を強調したが、2月のハノイ米朝首脳会談が決裂に終わって以降、北朝鮮の韓国に対する態度はガラリと変わった。
南北合意内容をまとめた板門店宣言に基づき開城工業団地内に設置された南北共同連絡事務所では、双方の所長同士による当局間協議が毎週行われてきたが米朝決裂後、北朝鮮側が人員を撤収させたため一度も行われていない。韓国左派系市民団体などが北朝鮮との共同行事開催などに向け準備を活発化させてきたが、最近はFAXを送っても一切返事が来ないという。
こうした急速な南北冷え込みに「まるで金正恩氏から対韓国接触禁止のお達しが出ているかのようだ」(元韓国情報機関幹部)との指摘も出ている。
金正恩氏は今月、平壌で開催された最高人民会議(国会に相当)で演説し、文政権に対し「厚かましい仲裁者の役割をするのではなく、民族の利益を擁護する当事者になるべき」と批判。最近も対南政策を担当する祖国平和統一委員会が米韓合同軍事演習を「(昨年9月の)南北軍事合意に違反」「南の裏切り行為」と非難した。米朝決裂の責任を文政権に転嫁するお得意の韓国悪者論だ。
一時は融和ムードに酔いしれた韓国国民も、第1四半期(1月―3月)の国内総生産(GDP)が前期比マイナスに転じるなど最近の相次ぐ経済指標悪化や依然として庶民が実感できずにいる景気回復感などでそれどころではないようだ。
文大統領は南北会談1年を前に軍事境界線に接する江原道(韓国北東部)の非武装地帯(DMZ)を訪問し、「金剛山観光は平和が経済だということを江原道は既に体験した」と述べ、南北融和フレームで地域経済活性化を語った。
だが、その金剛山観光の再開でさえ先日の訪米でトランプ米大統領に断られ、国連制裁対象の例外として認めてもらう目算は外れた。同観光事業で外貨稼ぎを当てにしている金正恩氏には“面目”が立たず、地域住民にも顔向けできないのが本音だろう。
結局、この1年間の南北関係を振り返れば3回の首脳会談が実現したものの、肝心の北朝鮮非核化で全く成果が出ず、米朝決裂で韓国は当事者ではないにもかかわらず北朝鮮から不満をぶつけられた形となった。南北融和は演出されたバブルだったと言わざるを得ず、それも弾け始めている。
文政権はもともと昨年末までの期限を大幅に過ぎている金正恩氏のソウル訪問を何とか実現させたい模様だが、「今のところ金正恩氏がメリットを感じられない4回目の南北首脳会談の実現可能性は低い」(韓国の北朝鮮専門家)。1年前は米朝の仲裁を自負した文政権だったが一転して今は米朝双方の板挟みに遭い事態打破策も見えていないようだ。
保守系有力紙・朝鮮日報は南北会談1年に合わせた社説で「始まりは壮大に見えた板門店宣言が1年たってこの上なく微弱になったのは金正恩氏の非核化意志が偽りだと判明したため」と指摘した。