米中角逐の収拾と拡大

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

貿易では姿勢軟化の中国
欧州を懐柔し米との離間謀る

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 昨年から緊張を高めてきた米中貿易摩擦は、経済面のマイナス効果が米中両国のみならず世界経済にまで悪影響が及び、懸念が増している。習近平中国国家主席訪米とフロリダでのトランプ米大統領別荘での首脳会談も未定という米中関係の不安定化は、ここにきて好転の兆しが見えてきた。米国家経済会議(NEC)のカドロー委員長が米中通商協議の進展を楽観視したからだ(ロイター3日付)。加えて本紙(5日付)も米中閣僚級の貿易会議で中国が知的財産権保護、強制的な技術移転、ハッキング行為に関して、中国は従来の姿勢を変えて初めて認めた上、改革・是正措置を促す「工程表」でも一定の進展が見られた旨を報道した。

景気回復重視に転換か

 さらに日中間でも進められてきた審議官級の経済協議で知的財産保護の分野に進展があったように、中国の姿勢の変化は米中首脳会談による決着の可能性を高めてきた。このような中国の姿勢変化は、長引く貿易戦争による中国経済の損害だけでなく、中国社会の安定にまで悪影響が及び、景気回復の重視策に転換せざるを得ないなど、厳しい中国国内事情に起因するものであろう。

 ここで米中貿易戦争の米側の狙いを整理しておこう。まずトランプ大統領にとって巨額の対中貿易赤字の解消問題が表立っているが、ほかにも米国主導の国際秩序の維持という大命題がある。現にトランプ大統領の「国家安全保障戦略(2017年12月)」では、中国を「米国の価値や利益と正反対の世界を形成しようとする修正主義国家」と位置付け、「インド太平洋地域で国家主導型の経済モデルを押し広げ、米国に取って代わって中国に有利なように同地域の秩序の再編をしようとしている」との認識を示して警戒していた。同地域の安定と安全保障に関わる問題として「中国の国家主導型の経済モデルの変更を迫る」ことで中国の覇権掌握を防ぐ狙いも大きなテーマである。

 このため米国は、中国に先進技術の窃取を防いで経済的キャッチアップを遅らせるべく①中国進出企業への強制的な技術移転(合弁を迫られる)の停止②知的財産権の保護措置の改善強化③米国の産業機密に対するサイバー窃取の停止④人民元の為替レート政策の改善―などの中国の通商政策・制度の改善のほかに、米国製品の購入拡大、合意事項の着実な履行などの信頼性向上にまで米側は改善要求を具体的に示していた。

 これらの要求に対して中国側はこれまで拒絶的であったが、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)事案に見られるように次世代の先端技術をめぐる争覇につながる中国の政策の問題点について、訪米中の劉鶴副総理はついに事実を認めたようで、その改善の保証には課題は残るものの、NECのカドロー委員長は「かなりの進展」が見られたと表明している。現に去る4日には劉鶴副総理はトランプ大統領と会談しており、トランプ大統領は「最も難しい課題の幾つかは解決した」(読売5日付)とし、習近平主席との首脳会談で「4週間内に決まろう」と示唆しており、米中貿易戦争は収拾の光明が見えてきた。

欧州巻き込む安保問題

 しかし、他方で広域経済圏構想である「一帯一路」戦略を掲げて習近平主席が欧州を歴訪しており、中国マネーを呼び込もうとするイタリアと「協力覚書」に調印するなど、対中サーバー防御で結束を図る先進7カ国(G7)の一角を切り崩して欧米の対中包囲網の亀裂を図っている。さらに習訪欧に危機感を強めるフランスに対しても5兆円ものエアバスの大量購入など懐柔に努めて米欧離間を謀るなど、中国は建国100周年に向けた覇権構築に着実な歩を進めている。逆にトランプ大統領は北大西洋条約機構(NATO)結成70周年に当たってもなお加盟国の国防予算を国内総生産(GDP)2%まで引き上げるよう求めるなど厳しい姿勢で臨んでいる。米中角逐は米中貿易から欧州を巻き込んだグローバルな安全保障問題にまで拡大する趨勢(すうせい)を見せており、わが国の立ち位置と対応が注目されてくる。

(かやはら・いくお)