国連「敵国条項」と日中関係

日本大学名誉教授 小林 宏晨

削除には応じない中国
救済措置は「集団的自衛権」

小林 宏晨"

日本大学名誉教授 小林 宏晨

 第2次世界大戦終結直前に国際連合が成立した。国連は戦争の、つまり第2次世界大戦の、しかも戦勝諸国の産物である。この事実を象徴する国連憲章が「敵国条項」なのである。その証拠に「敵国条項」は第2次世界大戦中に連合諸国(=国連設立諸国)の敵国であった枢軸諸国の侵略的動きに対する行動に際し武力禁止義務(国連憲章第2条第4項)が免除されると規定されている。これには法学的検討の必要がある。

 この「敵国条項」について内外の関心を集めた時期があった。そのきっかけは、武力禁止に関する旧西独・ソ連政府間の意見交換を目的とする1967年の書簡であった。旧ソ連政府は、旧西独政府への書簡の中で、国連憲章第53条と第107条を指摘し、「国連憲章により反ヒトラー連合諸国によって取られた行動と協定は、必要な場合に完全にその効力を保持している。従って旧敵国の侵略政策の再現に対しては、応分の措置が取られ得る」と述べ、さらに独ソ両国による「武力放棄宣言」があっても、対独平和条約が締結されない限り、「ポツダム協定および連合諸国の他の協定ならびに国連憲章から生ずるソ連の権利・義務に関わるものではない」と述べている。

 このことは、たとえ西独とソ連が相互に「武力放棄」を宣言したとしても、国連憲章(特に第53条と第107条)の効力に影響を与えるものではなく、従ってソ連は、対独平和条約が成立するまでは、ドイツに対する「武力干渉権」を留保していることを意味している。周知のごとく、当時西独は、ソ連と「平和条約」は締結していなかった。

 この点については、日本も当時はソ連と平和条約を締結していなかったし、現在も依然としてロシアとは平和条約を締結していない。従って、その限りで、国連憲章第53条と第107条の存在およびその解釈は、ソ連(ロシア)との関係で、日本にとって極めて高い関心事項であった。しかし、この「敵国条項」は、56年「日ソ共同宣言」で両国間の戦争状態の終結宣言が行われ、さらに91年の日ソ首脳会談の共同声明で「敵国条項」適用除外が合意されたので、安全保障に関わる法的問題が解決された。

 しかしながら、中国と日本との関係は、必ずしも日本とソ連(ロシア)と同一の法的状況下にあるとは言い得ない。従って、西独・ソ連の法的関係に視点を当てながら、日本と中国の法的関係について考察してみたい。

 それでは、国連加盟国で旧敵国たる日本に対して国連憲章第53条と第107条からする権利保有国について検討する。これについては旧敵国の全ての相手国と理解することが妥当であろう。しかし、そうは言っても筆者の見解からすれば、「敵国条項」の過渡的性格からして、第一に、かつての第2次世界大戦で、旧敵国と戦争状態にあった諸国の中、サンフランシスコ平和条約の当事国は、日本に対して、もはや「敵国条項」を適用できない。なぜなら、日本は既に「敵国」ではないからである。

 第二に、サンフランシスコ平和条約の当事国でなくても日本との間で戦争状態の終結を相互に確認した諸国(例えば、台湾、ソ連、中国)は、「敵国条項」を適用できない。しかも南北朝鮮は歴史的に日本の敵国ではあり得なかった。

 54年10月の西独の北大西洋条約機構(NATO)と西欧連合(WEU)への加盟交渉の際に西独政府は明示的に国連憲章第2条に言及し、「その政策を国連憲章の諸原則に従って遂行する」と宣言している。西独はこの行為によって、宣言相手である西側3連合国(米英仏)のみならずソ連を含む全ての諸国に対して武力不行使の義務を負ったのである。当時国連未加盟国であった西独は、ソ連にも同様の武力不行使義務を負わせることを目的として、70年にソ連と「モスクワ条約」を締結した。

 しかし、ソ連政府がなおも武力干渉権を主張したので、西独政府は、西側3国(米英仏)政府にこの問題の法的確認を求めた。この確認要請に対する、とりわけアメリカの見解は明白であった。

 いわく、合衆国政府は西独政府に対し以下の見解を保障する。

 一、国連憲章第53条も第107条も、またこの双方を併せてもソ連にドイツの事項への一方的武力干渉を行ういかなる権利も与えていない。

 二、それでもなおソ連がドイツの事項に一方的武力干渉を行うならば、…北大西洋条約規定に従った自衛措置の形における同盟諸国の即時の反撃を誘発することになる。

 三、北大西洋条約が国連憲章規定に合致していることは疑いない。

 この声明によって、この点の不安定要素がある程度取り除かれた。ここで注目される事実は、国連憲章第53条および第107条の適用を主張する一方的武力干渉に対しては、国連憲章第51条の「集団的自衛権」の適用が対置されたことである。

 「敵国条項」が「時代遅れ」となっていても、その削除には、中国を含む国連の5大常任理事国の同意を必要とする。中国が当面この削除に同意する蓋然(がいぜん)性は低い。残された唯一の救済措置は、国連憲章第51条の「集団的自衛権」の適用以外には当面はあり得ないと考えられる。

(こばやし・ひろあき)