始まったハイブリッド戦争

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき

MI6長官が異例の警告
情報やインフラ操られる危険

 携帯電話から家の電気を付けたり、風呂を温める。そんなことが当たり前になった時代、遠隔操作を可能にする技術が不当な情報収集や情報操作の道具となっている可能性がある。突如金融機関のネット操作ができなくなること、携帯電話がつながらないという事態は既に起こっている。原子力発電所や金融機関のコンピューターが突如狂ったらどうなるだろう。

 インターネット・オブ・シングス(IoT=モノのインターネット)が広まり、個人の生活は便利になり、企業の活動の効率が何十倍も上がった。しかし、それだけに脅威も増した。

 昨年12月はじめ、英国の秘密情報部MI6のヤンガー長官がセント・アンドリューズ大学で講演し、技術革新により国、人、制度がインター・コネクト(連結・相互結合)し、あらゆるものの境が消える中で価値観の違う人々から(軍事と先端技術の)ハイブリッド脅威がもたらされていると警告した。MI6の長官は公の発言をすることはめったになく、同氏も4年間でわずか2回目の講演であったが、あえて講演をするだけ事情が緊迫しており、それを世間に知らせる必要があったことを物語っている。

 この2日前には中国の通信機器最大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟最高財務責任者(CFO)がカナダで逮捕された。対イラン制裁を破る取引を行ったことが理由として挙げられているが、実態はインターネットに頼るあらゆる国の政治や社会に多大な影響を与えかねない次世代の高速通信規格「5G」の実用化に関わる。

 イランの制裁破りをしているのは何もファーウェイだけではなく、これまでは罰金を科されても責任者やましてやトップに近い人間が逮捕されることはなかった。またファーウェイの制裁破りはかなり前から分かっていた。2013年にはロイタースがファーウェイの子会社がアメリカのヒューレット・パッカードの製品をイランに販売しようとしたと報告している。

 しかし5Gの実用化が近づき、開発企業の中でもファーウェイが世界各国で活発な売り込みを行うに従い、アメリカやイギリスをはじめとした国々の警戒感が増した。既にインターネットは人とあらゆるものをつなぎ、国境もなくしたが、5Gはそのモノ同士が交信することを可能にする。さらに便利になるが、さらに危険も増す。A国からB国にあるインターネットにつながったテレビを操作し、周辺の会話を盗聴、さらにテレビにフェーク・ニュースを流すだけでなく、そのテレビにインターネット経由でパソコンや携帯電話を操作させることもできることになる。

 中国によるハッキングは広く報道されている。11年にはアメリカの政府や民間企業が多数被害にあった。それまでに判明しているハッキングの中では最も包括的で最大規模といわれたが、犯人は中国だろうとされた。13年にはニューヨーク・タイムズのベテラン記者デービッド・サンガー氏が中国解放軍61398部隊はハッキング専門部隊であり、アメリカをはじめ各国でのハッキングを行っていると報道した。最近では大手ホテルチェーン、マリオットの情報漏洩(ろうえい)も中国によるアメリカ人やアメリカに滞在する個人の情報盗難の一環と見なされている。

 17年6月中国は国家情報法を制定したが、そこには中国市民には国家の諜報(ちょうほう)や安全保障機関に協力する義務がある、と記されている。また18年11月ワシントン・ポストがフーバー研究所のラリー・ダイアモンド氏とアジア・ソサエティーのオービル・シェル氏による中国のアメリカ社会への影響を警告するリポートを紹介した。リポートによれば、中国はロシアのようにアメリカの選挙に介入したりはしない。しかし、アメリカが開放的社会であるのを利用し、大学やシンク・タンク、メディアに潜り込み、そこで情報や技術を盗んだり、分析や判断に影響を与えようとしたりしている。

 アメリカやイギリスなどで5Gの売り込みに励むファーウェイの孟晩舟氏逮捕はこうした環境の中で起きた。

 ヤンガーMI6長官の講演と時を同じくしてオーストラリアのバージェス参謀本部国防通信局長、カナダのヴィノー安全情報局長官も国家主導のスパイ活動が自国内で行われているという警告を発した。アメリカ、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドはファイブ・アイズというインテリジェンスの固い関係を結び、情報収集や共有、工作活動における協力体制を敷いている。

 こうした国々が自国の政府や個人情報、技術の保護だけでなく、技術革新を利用し他国が政治や社会、世論を操作することを防ぎ、軍事やインフラなどが脅かされることを防ぐために連携し、防衛、反撃体制に出た。

 冷戦がいつ始まったかが今でも議論になる。1946年のチャーチル英元首相の「鉄のカーテン」演説、米国務省ケナン政策企画本部長による「X論文」ともいわれる。ファーウェイの孟晩舟氏逮捕によりアメリカはハイブリッド戦争を受けて立つことを明らかにしたのかもしれない。

(かせ・みき)