カスピ海は「湖」か「海」か
領海認め外国軍は排除
内外に結束示した沿岸5ヵ国
サウジアラビアのジャーナリスト殺害事件、中国のウイグル人強制収容、シリアで拘束されていた安田純平さんの解放などイスラム教に絡む事件が相次いで報道されている。
カスピ海沿岸諸国もイスラム教国家が多いが、日本ではあまり話題に上らない。
カスピ海に面するロシア(人口約1億4300万人)、イラン(推定7780万人)、カザフスタン(1500万人)、アゼルバイジャン(940万人)、トルクメニスタン(500万人)の5カ国首脳が8月、「カスピ海の法的地位に関する協定」に署名した。
ソ連時代、ソ連とイランは、カスピ海を湖として慣習通り均等な権益を有していた。ソ連が崩壊し、独立国が誕生、湖だと主張するイランと、海だとする4カ国との間で折り合いがつかなかった。それが今回、協定締結に至った。
協定は公表されていないが、①各国沿岸から15カイリ(約28㌔)をそれぞれの領海とし、25カイリ(約47㌔)を排他的漁業水域とする②沿岸国以外の軍隊がカスピ海に入ることを認めない③領海外の地下資源の分配については継続協議とし、湖底パイプラインは当事国同士の合意で設置できる―が骨子とされる。
つまり、カスピ海を海とも湖とも定義せず、「特別な法的地位」に位置付けた。水面は国連海洋法条約の領有権と漁業権を認め、この他は共同で利用、自由に航行できる。地下資源のある湖底は分割するが、境界線は未定、資源の配分は継続協議となる。カスピ海には外国軍隊を配備させない、では湖扱いである。
これまで沿岸が短いイランは、5カ国共同で平等に管理する湖扱いを主張してきたが、同国が折れる形で合意に達した。アメリカのイランとの核合意離脱、その影響を受けた経済制裁の打開を模索するイランが譲歩したとみられる。このほか、本年4月、アメリカのアフガニスタン復興支援のため、カザフスタンが米船舶の港湾使用を認めようとしたので、ロシアとイランが領海設定により外国軍隊を入らせないように強く主張したことも、合意の主たる理由といわれている。
ロシアは中東での影響力を強めているところで、米軍のカスピ海展開は、ロシアの裏庭に土足で入り込んで来ることになり、容認できない。
イランは、経済制裁で苦しくなっており、国内でデモが発生したりしている。ここでカスピ海取り扱いの合意をすれば、米国の進出を阻止できるし、イスラエルやサウジアラビアなどと事を構える備えとして、背後を固めることができる。
イラン国内では「ロウハニは外国にカスピ海を売った裏切り者だ」との声がある。
ロウハニ大統領は、協定締結により、「カスピ海沿岸諸国のより良い関係と、地域の安全、安定の強化に向けた新たな歩みが踏み出された」「協定の重要な成果は、この海域の安全と安定だ」とし、「カスピ海が沿岸5カ国のみに属することになり、外国の軍隊はそこを通行することができず、この海の安全は、沿岸の5カ国のみによって管理されることになる。これはカスピ海の安全の確保を意味する」と述べ、イランの現実的決断の理由を述べている。
アゼルバイジャンは、イランと同じイスラム教シーア派の国である。だが、アルメニア人(キリスト教・アルメニア教会)が分離独立運動を起こしているナゴルノカラバフ自治州で、ロシアと共にイランがアルメニア人を支援。一方、イラン北部には本国の2倍の人数のアゼルバイジャン人が居住しているが、このアゼルバイジャン人は経済的に安定しており、統合を望んでいない。つまり、アゼルバイジャンはイランに警戒心を抱いている。豊富な石油をロシアやイランを経由しないで欧州に送るパイプラインがあり、ロシアとも距離を置いた政策を採っている。
トルクメニスタンは、国土の大半がカラクム砂漠に覆われている。2006年、東部のガルキニシュ・ガス田が発見され、経済的に豊かである。中国には既にウズベク-カザフ経由のガスパイプラインがあり、中国と経済的結び付きが強い。今回の協定により、ロシアが反対していたカスピ海を横断、アゼルバイジャン経由で、ロシアを通らず西側に輸出できるパイプライン敷設計画が現実味を帯びてきた。
カザフスタンは中央アジアで安定した国として存在感がある。本協定も同国西部のアクタウで開催した首脳会談で合意している。協定署名後、ナザルバエフ大統領は、アゼルバイジャン経由の天然ガスパイプラインにより欧州に輸送する計画が進展するだろう、と歓迎している。同国はイスラム諸国とロシアのいずれとも緊密な関係にある。
ロシアは、イランを抱き込み他3カ国の主張する方向で妥結、しかもアメリカ軍をはじめとする外国軍を排除でき、内外に結束を示せたことで一応の成果を得たようだ。
(いぬい・いちう)