虚構のグローバリズムを否定

浅野 和生平成国際大学教授 浅野 和生

新たな国際協調を提示
トランプ大統領の国連演説

 9月25日火曜日、国際連合総会でのトランプ米大統領の演説についての日本の報道は、冒頭で「2年足らずの間に、我が政権は我が国の歴史上のどの政権よりも多くのことを成し遂げた」と述べた時、会場から失笑が漏れたことを、ことさらに伝えた。思わず大統領は「これは本当だ。こんな反応は予想していなかったが、まあ、いいさ」と応じたのだが、この発言に対して場内からひときわ大きな笑いが起きるとともに拍手喝采となった。この「拍手喝采」はあまり報道されなかった。

 米大統領の演説は、「『米国第一』を正当化」(読売新聞9月27日朝刊3面)とか、「米国第一、持論展開」(産経新聞9月26日朝刊3面)と紹介されたが、実際にはトランプ大統領はこの演説で一度も「米国第一(America First)」という語を用いていない。

 さらに、「グローバリズムを真っ向から否定する外交哲学を打ち出した」(読売新聞・同)とも伝えられたが、大統領が同演説の中で「グローバリズム」に触れたのは、ただ一度「我々はグローバリズムのイデオロギーを拒否し、愛国主義の原理を採用する」と述べたところだけである。つまり、トランプ大統領が否定したのは「グローバリズム」ではなく「グローバリズムのイデオロギー」である。

 アメリカの主流メディアは、グローバリズムの使徒であり、多国籍企業のサポーターである。従って、愛国主義を謳(うた)い「イデオロギーとしてのグローバリズム」を拒否するトランプ大統領については、常にあしざまに報道してきた。そして、日本のメディアの多くもこれに追随しているから、事実が伝わりにくいかもしれない。

 大統領が演説の結論部分で力強く語ったのは愛国心についてであった。トランプ氏は、国を愛する気持ち、故郷への忠誠心は誰もが抱くものであり、それこそが改革を促し、自己犠牲や科学的発見、素晴らしい芸術作品を生み出す原動力だと述べた。愛国心が、それぞれの国をさらに立派な国へと押し上げ、その地域をより安全にし、より良い世界を実現させる。トランプ大統領が愛国心を肯定するのは、主権独立国こそが、自由を守り、民主主義を維持し、平和を実現させる唯一の実体であるからだ。

 つまり、世界の平和も繁栄も、国際機関の機能によってではなく、主権国家の協調によって実現されると言っているのである。

 ここで、「イデオロギーとしてのグローバリズム」の意味が理解できるだろう。

 主権国家における政府のように、グローバル社会を代表できる実体は今日の世界に存在しない。国際社会の現実は、軍事力、経済力とそれらを背景に持つ政治交渉力、そして合従連衡とともに進められる主権国家の協議と合意の形成か、合意なき単独行動である。

 しかも現実の主権国家には、自由な民主主義や基本的人権の尊重、情報の公開、法治主義、法の支配などと無縁なイデオロギー国家、宗教国家がある。それらのうちには、トランプ大統領が指摘したように、価格のダンピング、技術移転の強要、知的財産権の侵害を繰り返す、計画経済国家や企業国営国家がある。その代表が「習近平による中国の特色を持った社会主義」の国であることは論を俟(ま)たない。

 つまり、各国が平等な立場で参加し、貿易障壁がない世界市場を実現するというグローバリズムは、虚構のイデオロギーにすぎない。アメリカは、今まで善意のプレーヤーであったが、現実を直視した結果、もはや「イデオロギーとしてのグローバリズム」を拒否することにしたのである。

 それ故に大統領は、「アメリカはいつもアメリカの国益のために行動する」と述べ、「アメリカの主権を、選挙で選ばれたわけでもなく、責任のない、グローバル官僚主義の虜(とりこ)にさせることはない」と宣言したのである。

 世界の現実は、今もまさに主権国家の協議と力関係で決まっているのであり、悪意のプレーヤーがいる。この認識を共有したからこそ、9月25日、日本と欧州はアメリカとともに、過剰な補助金で自国産業を優遇する政策への規制を強化する世界貿易機関(WTO)改革を10月にも提案することで一致した。また9月26日の日米首脳会談は、共同声明の第6項で「日米両国は、第三国の非市場志向型政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良く守るための協力を強化する。従って我々は、WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲(わいきょく)化および過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく」ことを謳ったのである。

 これらは、トランプ大統領の演説と平仄(ひょうそく)が合っている。つまり、トランプ大統領の演説は単に「国際協調無視 各国が反発」(読売新聞・上掲)という結果に終わったのではなく、日米欧の新たな国際協調の方向を示して、主要各国が受け入れるものともなったのである。

(あさの・かずお)