「テック社会」への対応急げ

秋山 昭八

弁護士 秋山 昭八

公共職業訓練の充実を
柔軟な労働市場の整備不可欠

 人工知能(AI)やロボットが普及する「テック社会」には、失業が増えることが予想され、新しい技術を使いこなして成果を挙げる人とそうでない人とで、賃金の差が広がることが考えられる。

 雇用を安定させ、働く人の二極化を防ぐために、職業訓練などの労働政策を時代に合ったものに改める必要がある。

 AIやロボットは生産性の向上に役立ち、労働時間の短縮が進めば女性や高齢者が働きやすくなる。経済を持続的に成長させるには、これらを積極的に活用する必要がある。

 一方で定型的な仕事は機械に置き換わることになり、すでに銀行・保険会社の事務やホテルの受付業務などで人手が不要になっている。

 AIやロボットが雇用に及ぼす影響をめぐっては、経済協力開発機構(OECD)加盟国全体で、9%の職業がAI等に代替される可能性が高いとドイツの研究者らは試算している。

 米国や日本では雇用の半数近くが機械化され、雇用への影響は大きい。

 AIやロボットは、それらを活用した事業に携わる人たちの雇用を創出することにも着目する必要がある。三菱総合研究所によれば、日本では2030年までに740万人の雇用が失われる一方、500万人の雇用が生まれると指摘している。

 重要なのは第1に、働く人の能力開発である。正社員、非正規社員の今の仕事がなくなったり減ったりしても、別の仕事ができるようにしなくてはならない。AIをはじめIT(情報技術)を駆使して新しい製品やサービスを創造する力を身につければ、活躍の場は広がる。

 第2に、人材が需要のある分野へ移っていきやすい環境づくりが必要である。技術革新で仕事が生まれる分野は、新たな雇用の受け皿になる。

 労働政策でいえば、国や都道府県による公共職業訓練の充実と、柔軟な労働市場の整備の二つが大きな課題になる。

 能力開発ではもちろん、企業がAIを商品開発や販売に生かすための知識や技能を社員に養わせる必要がある。併せて公共職業訓練も、失業者向けが中心の現状を見直して、在職者が学びやすい内容にすることが求められる。

 例えば退社後の時間帯を使ったIT分野などの講座を拡充したり、自宅で学習できるオンライン講座も設けるべきである。

 日本企業の人材育成はこれまで、自社だけで役立つ「企業特殊的」な技能の習得が主体だったが、AIや業務効率化のシステムはどの会社でも使えるものが広がり始めており、企業特殊的な技能が次第にいらなくなる可能性がある。社外での職業訓練の役割は重みを増すであろう。

 柔軟な労働市場づくりでは、民間の力を引用して、職業紹介の機能を強化する視点が大事である。

 ハローワーク業務の民間開放を進めれば、事業者間の競争を促し、人材仲介サービスの質が高まる。IT分野をはじめ介護・医療関連や教育など幅広い分野へ人が移りやすい環境づくりを急ぐべきである。

 ドイツ政府は2016年、デジタル時代の労働政策を軸とした白書「労働4・0」を発表した。失業前からの継続的な職業訓練や雇用の受け皿となるサービス産業の労働条件改善などを挙げている。日本も技術革新を踏まえた総合的な労働政策を打ち出すべきである。

 職業訓練などが利用しやすくなっても、本人の意欲が高まらなければ効果が薄いのも確かである。リクルートワークス研究所の調査によると、正社員で「継続的な学習習慣のある人」は17・8%にとどまるといわれている。自分の将来ビジョンを描き、能力開発に励む人は少数派である。

 働く人本人の意識改革が重要になる。いつ転勤を命じられるか分からず、人事評価も基準が明確でないなど、会社のルールの不透明さも学ぶ意欲をそいでいると言える。

 年功色の強い人事処遇制度は早急に見直すべきだろう。学び続けるのに適した環境になっているか、企業も点検を求められる。

 他面、銀行業務等においても人の生涯設計等、人の機微に触れる面については、AIで対応できない面が多々あり、AIを補完する部分も多々あるのであって、これらに対応するための人材育成も必要であることも肝に銘じ、テック社会に単純に対応する人事制度が優れたものでないことを銘ずるべきである。

 時あたかも働き方改革が成立したが、働き方改革は日本の成長力を高めるため意義が大きい。

 経済、社会の構造変化に対応するために働き方改革の実施を急がなければならないが、併せて職業訓練の役割は重みを増すであろう。

(あきやま・しょうはち)