サムスンにも投資圧力か

平壌共同宣言の波紋 (中)

見切り発車の経済協力

 今回の南北首脳会談では、サムスン電子の李在鎔副会長をはじめ随行した韓国の主要財閥トップや経済団体長ら17人が、外資誘致などに責任を持つ対外経済相を務め経済通として知られる北朝鮮の李竜男副首相と面談した。その場で一人ずつから自己紹介を兼ね簡単なあいさつがあった。

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 「飛行機に乗って平壌に来た。鉄道公社社長としては電車に乗って来るべきところだが…」(韓国鉄道公社の呉泳食社長)

 「民族の3大経済協力事業の一つである開城工業団地が全面操業中断されていたが、新しい局面を迎え嬉(うれ)しい」(開城工業団地企業協議会の申漢竜会長)

 北朝鮮による核・ミサイルの脅威がエスカレートしたことで中断に追い込まれた各種経済協力事業の当事者たちは口々に事業再開への期待感をにじませた。北朝鮮側も李副首相がこぞって訪朝した財閥トップたちと一堂に会することで「投資誘致という北朝鮮の目標を暗に示した」(韓国メディア)形だ。

 平壌共同宣言には東西両海岸沿いの鉄道・道路連結の着工、条件整備を前提とした開城工業団地の操業と金剛山観光の正常化、西海経済共同特区と東海観光共同特区の設置に向けた協議開始などが盛り込まれた。しかし、いずれもそのまま事業を本格化させれば国連や韓国独自の制裁措置を破ることになりかねず、韓国国内でも保守派を中心に懸念が広がっている。

 それにもかかわらず南北両首脳は平壌共同宣言で「民族経済」の均衡発展を大義名分として掲げ、これらの経済協力を進めようとしている。事実上の見切り発車だ。

 今回の経済協力合意にある経済特区のうち東海岸沿いに設置される観光特区は、北朝鮮にとって新たなドル箱になる可能性を秘めている。

 この特区の推定北端地域には金正恩朝鮮労働党委員長の肝煎りで急ピッチに開発が進められている元山リゾートがあり、一部ではカジノ誘致もささやかれている。これまで韓国の観光客に陸路で来てもらっても金剛山までが限度だったが、鉄道や道路が連結されればさらに80㌔ほど北に足を延ばし、未知の観光地、元山を楽しんでもらえる――。そんな構想を北朝鮮が抱いていたとしても不思議はない。

 だが、全ての南北経済協力の前提には北朝鮮の完全非核化があることに変わりはない。韓国がこのまま米国をはじめ国際社会の懸念を無視したまま北朝鮮との経済協力を加速させれば、今度は韓国が制裁対象と見なされる。

 押しも押されもせぬグローバル企業となったサムスン電子やLGも今すぐ北朝鮮への投資を検討するとは考えにくい。外国人保有株の比率が高く、米国との取引も多い。北朝鮮への本格投資に傾けば株価は暴落し大損失を被る。

 ただ、大統領への権力一局集中が是正されていない韓国では、今なお財界が政権の意向を無視できない現実もある。サムスン電子の李副会長は文政権が力を入れる「積弊清算(保守政権下で積もった弊害の清算)」の標的のようにされ、朴槿恵前政権の贈賄事件をめぐり執行猶予付き有罪判決を受けた。李氏が今回の訪朝随行で「文政権による暗黙の投資強要圧力」(趙寧基国民大学政治大学院教授)を感じたとすれば、いずれ対北投資に踏み切らざるを得ないかもしれない。

(ソウル・上田勇実)