注目集めるエピジェネティクス
メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄
体質は境遇の影響受ける
環境を借りて身体を調えよう
私たちの「体質」についての従来の考え方は、「気質」(その人の気性)と「体質」との相関性が論じられ、例えばドイツの精神医学者エルンスト・クレッチマーによる類型論(1955年)は、その一例である。すなわち“性格の中心は気質であり、その気質は体質によってつくられる”とクレッチマーは述べている(『体格と性格』21年)。
青春時代再現し若返り
近年、この体質はその人の置かれた境遇に左右されるのではないかという「後天的環境説」が注目され、それが「エピジェネティクス」という新しい学問分野である。
私たちの身体は、約60兆個もの細胞から成り立ち、その60兆個もの細胞の始まりは、1個の受精卵で、この受精卵のDNAをコピーして細胞分裂を繰り返してできたものである。細胞が全て同じ遺伝子を持っているにもかかわらず、細胞によって皮膚に、肝臓や腎臓に分化し、環境に合わせて変化している。
この使用遺伝子の違いは、「エピジェネティクス」の機構による。
「エピ」はギリシャ語で「後から」の意味で「ジェネティクス」は「遺伝学」で、従って「後天的遺伝子制御変化」ということである。この言葉は、イギリスの発生学者コンラッド・ウォディトンによって最初に用いられた(42年)。
さらに、この細胞生物学と心理学を結び付けた学問分野がハーバート・ベンソン(ハーバード大学教授)による「精神神経免疫学」で、つまり、心と体と精神を結び付けた学問である。
古くは、古代ギリシャの医学者ヒポクラテスによれば“心の中で起こることは、全て体の現象に影響を与える”ので、「健康は自分自身の内部や自分を取り巻く環境との調和が取れて実現する」という。
従って、健康を保つには、何よりもこの内部の調和に配慮し、自然界の法則に従って生活することが大切である。
さて、私たちの身体は「若い頃に過ごした境遇(環境)に影響を受け若さをつくる」のではないかという米国での研究の一端を紹介したいと思う。玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)(臨済宗・僧侶)が書いた本の内容を要約すれば次のようになる。
「実験は80歳以上の50名を対象にして行われた。その人たちが20代の頃の環境を再現した場所をつくり、そこに50日間住んでもらう。20代の頃の環境は細かいところまで徹底的につくられ、ラジオをつければ60年前の番組が流れ、テレビをつけてもやはりその当時と同じという。彼らが青春を謳歌していた環境をそのまま再現した。そのような環境に新たな共同体をつくって暮らし始めた」
「研究者たちは老化度を測るために『皮膚圧』を測定した。つまり『肌のはり』で、実験前と50日後の全員の皮膚圧を測定し、双方で比較した。その結果、80歳代の老人の30%以上が、20代と同様の皮膚圧に戻っていたという」(『まわりみち極楽論』)。
つまり、3人に1人以上の高齢者に若返りの現象が見られたということであるから、若い頃の環境(境遇)が身体に影響し若さをつくったと考えられる。すなわち、青春時代の境遇が、遺伝子を変化させ、若返り現象を起こしたのではなかろうか。
また、「心の在り方」が身体に与える影響について、心理学者デイビッド・マクレランド(ハーバード大学教授)は、「マザー・テレサ効果」と名付けて、次のような内容を述べている。
マザー・テレサは、その生涯をインドのカルカッタ(現コルカタ)の貧民救済に捧(ささ)げたノーベル平和賞の受賞者である。マクレランドは、学生たちにマザー・テレサの活動を描いた感動的な映画を見せて、その前後に採取した血液に変化が見られ、映画を見た後の学生たちの「免疫グロブリン(抗体)の数値が上昇し、免疫系の機能が向上した」ことが明らかになったという(スティーブン・ロック著『内なる治癒力』)。
心の持ち方も体に影響
このことは、心の持ち方が身体に影響を与えるし、かつ身体は置かれた境遇の影響を受けることの証しではなかろうか。従って、「借境調身」つまり“境遇を借りて身体を調える”ことの大切さではないかと思う。
おわりに、心身医学のパイオニア・ハーバート・ベンソンは、こう語っている。“人間はその考え方如何(いかん)で、病にもなれば健康にもなる”と。(敬称略)
(ねもと・かずお)