原発処理水放出、安全性の発信強化に努めよ
政府は東京電力福島第1原発の放射性物質を含んだ処理水の海洋放出をめぐって、風評被害が出た場合に魚介類を買い上げる基金の創設など、対策の中間取りまとめを示した。処理水の安全性について情報発信を強化し、被害防止に努めることも求められる。
政府が風評被害対策示す
東京電力ホールディングス(HD)の試算では、処理水をためる敷地内のタンクは2023年春ごろに満杯になる。政府はこの時期をめどに、放射性物質の一種であるトリチウムを含む処理水を薄めて海に放出する方針だ。しかし、関係者の間では新たな風評被害につながるとの不安が根強い。
今回の対策には、スーパーの販売員や旅館従業員などに向けた研修の実施や、国際原子力機関(IAEA)などの協力を得て国内の消費者や海外に海洋放出の安全性を発信する内容が含まれる。まずは、放出に対する理解を広めることが重要だ。
トリチウムは現在の技術では取り除くことができない。だが、トリチウムの放射線は極めて微弱で人体への影響は小さい。世界各国の原子力関連施設は、福島第1原発の事故が起きる前からトリチウムを含む水を放出している。
東電は処理水を国の基準値の40分の1未満に海水で薄め、海底トンネルを通して漁業権が設定されていない沖合1㌔付近から放出する計画だ。放出前にトリチウムの濃度を確認し、異常時に放出を止める緊急装置を設ける。こうした措置についても国内外に分かりやすく伝えるべきだ。
今回の対策では、全国の小中学校や高校に配布している「放射線副読本」に処理水の科学的性質などについて記載を追加することや、修学旅行を福島県に誘致して「教育現場での理解醸成に取り組む」(萩生田光一文部科学相)ことも盛り込んだ。
ただ、このような安全性の発信に努めても風評被害による需要の落ち込みで販売減少や価格下落が起きた場合、基金を活用して福島県産以外も含め冷凍可能な水産物を一時的に買い上げる。冷凍できないものについては販路を拡大するなどして救済する方針だ。
もちろん、これは最後の手段で、消費者が処理水について正しい知識を持ち、風評被害が生じないようにすることが最も望ましい。私たち一人一人が非科学的な偏見にとらわれないようにしなければならない。
政府は今後、漁業関係者などと意見交換を進めた上で年内に具体的な行動計画を策定する考えだ。関係閣僚会議の議長を務める加藤勝信官房長官は「現場の声を把握し、必要なことはすべて実行する」と強調した。放出を批判する中国や韓国にも丁寧に説明する必要がある。
復興のさらなる進展を
今年で東日本大震災と福島第1原発事故から10年が過ぎた。「復興五輪」をうたった東京五輪も開催された。政府が4月に処理水の海洋放出を決定したことも一つの節目と言えよう。
放出を行わなければ、第1原発の廃炉作業に支障を来す恐れもある。放出によって復興をさらに進展させたい。