菅政権は基地問題解決に指導力を
東洋大学名誉教授 西川 佳秀
台湾有事は即沖縄有事
不可欠な防衛施設の安定運用
菅総理は4月の日米首脳会談で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」共同声明を発表した。日米首脳間の文書に「台湾」が明記されたのは、1969年以来の出来事だ。台湾の安全がわが国の安全保障と深く関わるとの認識を示したもので、それに伴い日本の安全保障政策の再検討が必要になっている。緊張が高まる台湾情勢に対処し得る防衛力を整備するには、防衛費の増額は不可避である。
自衛隊や米軍の活動にも変化が生じることから、国家安全保障戦略や防衛計画の大綱、さらに日米防衛協力のための指針(ガイドライン)などの見直し作業を進め、また昨年来棚上げのままになっている「敵基地攻撃能力」の検討も急がねばならない。安全保障にかかる政策難題は山積しており、菅総理も日米首脳会談の折、バイデン大統領に「日本の防衛力強化への決意」を述べている。
施設庁廃止の弊害露呈
しかるに、菅総理が安全保障政策についての考えや方針を明確に示し、自ら関係省庁に具体的な指示を出すことはほとんどない。中国軍が台湾に侵攻する場合、東シナ海の制空権、制海権を確保するため、尖閣諸島にとどまらず琉球諸島の奪取、制圧、さらに米軍が駐留する沖縄への先制攻撃も想定され、台湾有事は即沖縄有事となる。
そのため沖縄米軍基地問題の解決は喫緊の課題だが、こちらも政府の動きは鈍い。米軍普天間飛行場の5~7年以内の返還と県内への飛行場移設など米軍基地問題の包括的解決策を示した沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告が出されて四半世紀が経過したが、計画は行き詰まり、何時名護への移設が完了し、普天間返還が実現するのか見通しが立たない状況が続いている。
また自衛隊の配備にかかる基地行政でトラブルが多発している。ミサイル防衛では、陸上イージス配備予定地の杜撰な調査や誤った地元説明で防衛省は失態を演じ、結局陸上イージスは中止となった。尖閣防衛にあたる水陸機動団を運ぶオスプレイ輸送機の佐賀空港への配備計画は、佐賀県に要請して7年が過ぎたが進展はなく、しかも今年に入り九州防衛局長が地元漁協の不信を買い、説明会の実施が頓挫。先月には近畿中部防衛局長が小松基地へのF35配備に関し、地元小松市議会で「私は他の基地はどうでもいい。この小松さえよければ」と発言し顰蹙(ひんしゅく)を買うなど問題続きだ。
基地行政を任とする防衛施設庁を2007年に廃止し、新たな担当部門を地方協力局という一つの局に格下げした弊害が、露呈し始めているのではないか。防衛省も地方協力局の改組に乗り出したが、ミサイル防衛やオスプレイ、F35の配備は、北朝鮮や中国を睨(にら)んだ我が国の安全保障にとっていずれも重要な施策であり、その停滞は許されない。
さらに東アジアの軍事バランスに目を向けると、アメリカが中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られていた間、中国は米空母キラーと呼ばれる対艦弾道ミサイルや中距離弾道ミサイルの配備を進めてきた。そのためミサイル戦力のバランスは圧倒的に中国優位となり、日本は日々その脅威に晒(さら)されている。
この状況を改めるべく、アメリカはINF条約を破棄し、日本から台湾、フィリピンを結ぶ第1列島線に沿って対中ミサイル網を構築する計画を進めており、ミサイル配備の候補地には中国に近い日本列島が有力視されている。現時点で、米側から日本政府に正式な配備の打診は来ていない。しかし、そう遠くない時期にミサイル配備問題が日米交渉の議題に上ることは間違いなく、候補地の選定と用地の確保、そして地域住民への説明や同意の取り付けは、避けて通れない大きな課題となろう。
安保を支える基地行政
国家の安全保障を万全となすには、最新装備の導入や精強な部隊づくりも重要だが、何よりもまず防衛施設の安定的な運用が確保されねばならない。安全保障政策の基盤は基地行政が支えていることを忘れてはなるまい。かつて普天間問題を自らの内閣で解決せんと、時の橋本総理大臣と梶山官房長官のツートップが示した沖縄への熱き思いと強い指導力、それが1996年のSACO最終報告となって結実したのだ。
現在の国際情勢は、当時よりも遥(はる)かに厳しい。部隊の早期配備や米軍の円滑な駐留を実現し、我が国の防衛体制を盤石ならしめるには、いま一度、政治指導者自らが基地問題に積極的に関与し、その解決のため強い指導力を発揮する必要があるのではないか。
(にしかわ・よしみつ)