プーチン露大統領の年次報告演説

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

欧米の制裁に皮肉で抵抗
対話の継続には意欲のぞかす

中澤 孝之

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 やや旧聞に属するが、ロシアのプーチン大統領は4月21日、モスクワのクレムリン近くのマネージ中央展示ホールで、毎年恒例の連邦議会向け年次報告演説を行った。約1時間20分に及んだ演説は内政・外交の基本方針を説明するものだが、大統領府のサイトで配信されたロシア語版の分量はA4で29枚(英語版もほぼ同じ)。今年は最初の内政部分が83%近くを占め、外交はわずか約17%にとどまった。外交の箇所で、日露関係には触れず、緊密な関係を進める中国の名前も挙げなかった。

「厳しく対応」と警告

 外交部分で大統領は、主に最近のバイデン米政権との対立を踏まえて、ロシアの脅威となり国益を損ねる挑発行為には「非対称で、迅速かつ厳しい対応を取る」と警告した。また、欧州諸国からの挑発との関連で、「誰もが対露関係でいわゆる“レッドライン(越えてはならない一線)”を越えるような考えをしないことを望んでいる」という言葉で、強く牽制(けんせい)した。これは、北大西洋条約機構(NATO)加盟を急ぐウクライナに対する警告にもなっているのではないかと受け取られる。

 大統領はまた、米欧による対ロシア制裁を念頭に、「残念なことに政治的動機による違法な経済制裁や、他人に自分たちの意思を押し付けようとする無礼な行為に世界中の誰もが慣れてしまった」と批判するとともに、「横柄で利己的な物言いから自分たちを守る用意がある」と抵抗する姿勢を鮮明にした。

 バイデン米大統領は3月17日、米国のテレビ司会者に「プーチン大統領は人殺しと思うか」と問われ、「そう思う」と答えたが、プーチン氏は意外にも、抑制した反応を示した。

 演説の中でも「中には無礼な習慣を身につけた諸国があって、いろいろな言い掛かりをつけて、それらは一切理由もないことが多いのだが、ロシアをさや当てにしている。こうなると一種のスポーツだな。この新しい種目は誰が一番声高に言うかを競うのだ。われわれはこの分野では,率直に言って皮肉なしに、最高のレベルで忍耐強く振る舞っている。まあ、慎ましやかな態度と言ってもいい」とプーチン大統領。恐らくこうしたバイデン発言も念頭にプーチン大統領は、「西側諸国のロシアに対する非友好的なキャンペーンは止(や)むことがない」とも言った。

 プーチン大統領はここのくだりで、小説「ジャングル・ブック」で有名な英国のノーベル文学賞受賞(1907年)小説家兼詩人のジョゼフ・ラドヤード・キプリング(1865~1936)の同上の作品のエピソードを引用しながら現状を説明したあと、「キプリングは偉大な作家であった」と述べた。大統領は、専制的なベンガルトラ「シェレ・ハーン」の周りを、主人公に忠誠を尽くすかのように遠吠(とおぼ)えを発しながら走り回る「あらゆる種類の小さなタバキ(ジャッカル)たち」を挙げて、前者を米国、後者をNATO内外の欧州諸国に例えた。彼らが競ってロシアに嫌がらせをしていることを匂わせたのである。

 しかし、大統領は「我々は国際社会の全てのメンバーと良好な関係を維持したい」「対話の橋を燃やしたくない」と述べ、対話の継続に意欲をのぞかせた。

 プーチン大統領はまた演説の中で、西側の国からの露骨な干渉の例として、具体的な年月は示さなかったが、ロシアの同盟国ベラルーシで、首都ミンスクのインフラと通信施設を占拠しようとしたクーデター未遂事件が起き、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領とその家族に対する暗殺計画があったことを明らかにした。事件との関連でロシアの連邦保安庁(FSB)がモスクワでベラルーシ野党メンバー2人を拘束したほか、ベラルーシの特務機関が米国の情報機関員数名を陰謀に関与したとして検挙したといわれる。

「事件を黙殺」と批判

 大統領は「最近こうした行動がより危険になった。彼らはあらゆる一線を越えた」「西側はそろってこの事件を黙殺した」と批判した。

 昨今、緊張が伝えられるウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー政権との関係については、大統領は触れなかった。ウクライナとの関連では、反米の急先鋒(せんぽう)ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領と共に、2014年2月のマイダン革命で失脚したビクトル・ヤヌコビッチ氏の名前を「大統領」の肩書のまま挙げて、「好むと好まざるとを問わず、ヤヌコビッチは殺害されそうになり、軍事クーデターによって権力を失った」と振り返るにとどまった。

(なかざわ・たかゆき)