『韓非子』で読む現代中国
哲学者 小林 道憲
独裁と法による覇権主義
信賞必罰が支配の根本原理に
韓非子は、自分が生きた戦国時代の現実から、利益本位に動く人間の現実を凝視していた。政治も、この利を好み罰を嫌がる人間の本性に根差して行わねばならない。彼は、利益の追求に正当な地位を与え、そこから政治の在り方を導き出したのである。それが、信賞必罰の政治であり、法治主義であった。法治主義を実行すれば、国は富み、兵は強まる。法治による国力の充実こそ、生き残る道だと説くのである。
韓非子が生きた時代は、秦の始皇帝による中国統一の直前であった。始皇帝は、韓非子の法治主義の理論を徹底的に実行して、富国強兵を図り、中国統一を実現した。秦は、法の制定と信賞必罰の徹底によって、まず、国内体制の充実と強化を図り、連座制や密告制を採用し、人頭税や労役の賦課を容易にした。そして、郡県制を敷き、能率的な官僚制国家を構築、君主独裁のもと、国を豊かにするとともに軍事力を強化した。
秦は、このようにして内部を固め、中国大陸最大の強国にのし上がり、東進を開始。魏・韓・趙・楚・燕・斉、6国を瞬く間に併合し、中国大陸に最初の統一国家をつくった。その諸国攻略の方法は、諸国の大臣の買収、相手国の君臣の離間、デマの流布や謀略、スパイを活用した敵国内部からの機密獲得、その上での軍事進出であった。こうして、秦は、中国大陸に、中央集権の一大国家を実現したのである。当時で言えば、世界制覇を成し遂げたことになる。
現代中国も、ここ40年、国内体制の整備と軍事力の強化を図り、富国強兵策を実行してきた。それは、文化大革命を収束させた鄧小平が、改革開放路線に転換したところから始まる。そのために、鄧小平も、刑法や商法など法制の整備を図っている。この改革開放政策も、法の制定と信賞必罰の徹底によって行われてきたと言える。
改革開放政策によって豊かになった富裕層にも共産党員の資格を与えてきたのも、恩賞の一つである。今日の中国には約9200万人の共産党員がいるといわれるが、これが現代中国の支配層である。支配層は官僚体制を確立、利権に与(あずか)れる。
また、中国の歴代王朝は常に民衆の反乱によって滅びてきたため、現代中国も、民衆からの暴動を最も恐れている。それゆえ、それを、力を背景にした法の制定と刑罰の実行によって徹底的に防ごうとしている。鄧小平時代に起きた天安門事件も武力によって簡単に鎮圧されたし、最近の香港の民主派による中国政府批判も「国安法」によって簡単に抑え込まれた。
世界制覇の野望は伝統
現代中国は、大企業の育成や内外からの投資の促進などで、国の富を巨大化するとともに、軍の高度化と強大化を図ってきた。そして、いよいよ世界制覇に乗り出してきたのが、習近平時代の今の中国の姿である。一帯一路戦略によるユーラシアの陸路や海路の制覇も、その一つである。
これらの膨張政策も、国際法を無視した中国流の法の制定で実行される。この現代中国の野望は、中国大陸を最初に制覇した秦と同じ野望である。独裁と法による覇権主義という点でも、これは秦以来の伝統なのである。韓非子は今も生きている。
(こばやし・みちのり)






