激化の一途たどる米中角逐

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

台湾問題に飛び火の恐れ
危機回避へ冷静な外交努力を

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 昨年から始まった米中貿易戦争は、コロナ禍の拡大にもかかわらず、激化の一途をたどっている。現に米中角逐は、先端科学技術や海洋における軍事的威嚇競争など安全保障面にまで拡大し、最近は米国が在ヒューストンの中国総領事館の閉鎖を命令、その報復として中国は成都の米総領事館を閉鎖させた。

内憂外患抱えた習氏

 このように、とどまるところを知らない米中角逐拡大の背景には、両首脳が国内問題で追い詰められる内憂がある。実際、米国には今秋の大統領選挙や人種問題が対中対決姿勢の強化を促しており、中国には、米中角逐がもたらす経済不振やそれに関連する党・国内の不協和音の問題がある。

 習近平中国国家主席の強みとしては、これまでに共産党独裁体制のトップに座り、国家主席を兼ね、最大の強権機構である軍の指揮権を独占し、権力集中を進めている。

 しかし習主席には底知れぬ不安心理もあるのではないか。中国では建国後、毛沢東が大躍進計画や文化大革命の強行で大きな負の遺産を残した。次世代の鄧小平は、共産党独裁体制を堅持するために国民に豊かさを実感させ、政権運用では集団指導体制を提唱。そして経済の高度成長と、革命第3世代以降の江沢民氏や胡錦濤氏を指導者に指名して集団指導体制を推進してきた。

 しかし習主席は、太子党としてトップの座に就き、世界第2位の経済大国のトップになった指導者である。習主席の心理状態を推察すると、鄧小平の指名という遺産的権威もなく、独裁者の常として権力を握れば握るほど心理的に不安や不信感、焦燥感に苛(さいな)まされ、さらなる権力掌握を強めてきた。

 その上、習主席は2021年には創党100周年の成果として「小康(ゆとりある)社会の全面実現」を迫られ、今世紀半ばには建国100周年に世界の最前列に立つ強国(中国の夢)にする責任を担わされているが、現実には多くの内憂に苛まされている。国内で世代交代が進む今日、共産党独裁体制の正統性の根拠は、経済で国民に豊かさを保証することだが、コロナ禍での経済不振は最大の内憂になる。加えてネット人口が8億人を超す中国では、かつてないほどデジタル情報が乱れ飛んでおり、指導者として強い姿勢を見せ続ける必要に迫られている。

 これらの達成には長期安定政権が必要になるが、習主席は憲法を改定して「国家主席は2任期まで」の制約は外したものの、党大会を2年後に控えて党・国家の求心力強化には難渋している。

 加えて外患的としても、香港問題では世界からバッシングを受け、来る先進7カ国(G7)首脳会談でも厳しい意見が出てこよう。さらに本年初の台湾総統選挙では、蔡英文氏再選が実現し、習政権の台湾対応はことごとく失敗している。ここから習主席は求心力を強めるために、台湾の武力解放に着手する懸念が生まれてくる。

 実際、中国は習軍事改革で、海軍は強襲揚陸艦など艦艇の近代化、大型化を進め、また第2砲兵部隊をロケット軍に格上げするとともに、大陸間弾道弾の増強のみならず、台湾を射程とする短距離ミサイルや巡航ミサイルの大幅増強を着々と進めている。これら海軍力や渡洋攻撃力強化の実態は、米海・空軍による南シナ海での自由航行作戦や台湾海峡通過への対応を超えて、台湾侵攻の意図につながる兆候とも取れる。

 中国の現在の軍事力で、海峡を越える台湾侵攻はなお問題も多いが、台湾統一は建国来、歴代トップで誰も成し遂げられなかった偉業であるだけでなく、14億国民への求心力とする代え難い強硬手段でもある。党内不協和音が噂(うわさ)され、習政権の任期が迫る中で、党・国家を纏(まと)める愛国心の高揚や、国内に燻(くすぶ)る統治への不満など、内憂を吹き飛ばす圧倒的効果のある強硬手段に出る懸念が強まる。現に米側はコロナ関連で最高レベルの厚生長官を訪台させて中国批判を進めており、中国も05年制定の反国家分裂法を香港のように台湾に適用する可能性を刺激している。

重要性増す日本の対応

 その際、米国は台湾関係法だけで大規模な対中攻撃に踏み切れるのか、などが問題になる。また米中関係の狭間に立つわが国は、難しい決断を迫られよう。このためには米中角逐が抱える相互の内憂を一定限度に抑える必要性と重要性が大きくなり、米中角逐を台湾問題に波及させないよう、冷静な外交努力が重要になってくる。今後の米中角逐拡大の動向を注視するとともに、その激化を防ぐわが国の外交活動の重要性が浮上してくる。

(かやはら・いくお)