「核野放し時代」到来の懸念

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

進まぬ米露の核管理交渉
中国参加必須だがジレンマも

 コロナ禍のパンデミックは世界で1400万人以上に感染し、死者は60万人を超え、7月1日には米国だけで1日5万人感染の記録など拡大の一途をたどっている。このコロナ禍は直面する最大の危機事態に相違ないが、その陰に隠れて、核管理上の懸念すべき重大な二つの出来事も進んでいる。

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生氏

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生氏

STARTが来年失効

 その第1は、米露間で中距離核戦力(INF)ゼロを約束したINF全廃条約が失効し、改善努力が見られないまま野放しにされていること。第2は同じく米露間で核弾頭や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の軍縮を規制する戦略核削減条約(START)の失効期限が来年に迫るが、条約更新の努力が進んでいない問題である。

 前者・INFは、米国とロシアとの間に結ばれた核軍縮条約の一つで、重要な機能を発揮してきた。冷戦時代の1970年代半ば、旧ソ連がSS20中距離弾道ミサイル(IRBM)を欧州に配備し、これに対して北大西洋条約機構(NATO)は79年12月の理事会で、①83年末までにINFの撤去をソ連に求め、一方で②米国にはパーシングⅡの西欧配備を求める決定をした。

 その後、81年10月に欧州のINF撤去に向けた米ソ交渉が開始されたが、交渉決裂等の曲折を経て87年12月8日、レーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長によりグローバルに拡大されたINF条約が調印され、約2700基のミサイルが廃棄された。

 しかし冷戦終了後、NATOの東欧拡大や米国のミサイル防衛システムの欧州配備等の変化もあって、ロシアはINFの開発や配備の強化を進めた。米国は2013年以降、ロシアのINF条約義務違反を繰り返し批判。18年10月にトランプ米大統領は、ロシアの遵守(じゅんしゅ)違反だけでなく、増大する中国のIRBMへの懸念を挙げ、INF条約停止の意向を表明した。

 19年2月1日、米国はロシアにINF条約の破棄を正式に通告し、ロシアも義務履行の停止を表明して、INF条約はその6カ月後に失効した。トランプ大統領は一般教書演説などで、中国も含めたロシアとの「新たな条約」を求めたものの、核大国の核戦力の野放し状態は続き、核軍拡競争の再燃さえ懸念されている。

 後者・STARTは、米国とロシアによる核軍縮の枠組みであるが、09年12月に失効した「第1次戦略兵器削減条約(START1)」の後継条約として、11年2月に発効した。内容的には、戦略核弾頭の配備数を1550発以下に、ミサイルや爆撃機などの運搬手段の総数を800以下に削減するよう両国とも努めて、本条約は世界の安定に貢献してきた。

 STARTは21年2月に有効期限を終えるが、世界の平和と安定上から同条約の延長は極めて重要である。しかし米露両国の協議は停滞。さらに米国はSTARTにも中国の参加を求めており、ここでも中国の対応が問題になる。

 その中国核戦力の現状は『防衛白書』によると、ICBMはDF(東風)5の20基とDF31の40基が米大陸を射程に入れている。またIRBMは148基と世界最多で、DF4が10基、DF21が122基、DF26が20基、加えて潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)はJL2が48基(晋級原潜4隻)、さらにH6K戦略爆撃機100機の運搬手段を保有し、核弾頭は280発としている。

 今日、中国が既に経済大国となって米国と覇権を競う中で、中国の核管理参加は極めて重要であって、中国には大国としての自覚と責任が求められる。

 ただこの際、中国を巻き込むために米露の核戦力削減も重要になるが、同時に米露の核戦力を中国が条件とする水準に削減する努力は、不透明性の高い中国の核戦力の威力が相対的に増すことになるという、核軍縮交渉上のジレンマに繋(つな)がる。他方で中国の条約加入のこじれが長引けば、それだけ核管理の条約もない核野放しの時代が長引くジレンマにもなる

米露核軍縮まず促進を

 冷戦後の核の脅威を抑えてきたSTART失効を目の前にして、先に見たジレンマも踏まえて、まずは米露の核軍縮を促進する方策を追求したいものだ。同時に現実にポストコロナ世界には野放しの核競争が待っている実態を直視し、わが国のイージス・アショア停止などミサイル防衛の再検討が進められている今日、中国の核戦力に警戒を強めながら、強まる米中角逐の動向を注目していく必要がある。

(かやはら・いくお)