韓国瑜・台湾高雄市長リコールの歴史的意義

平成国際大学教授 浅野 和生

脱中国化」へ向かう台湾
対中政策見直し迫られる国民党

平成国際大学教授 浅野 和生氏

平成国際大学教授 浅野 和生氏

台湾の高雄市長、国民党の韓国瑜に対するリコール投票(6月6日)の結果、罷免賛成票93万9090、反対票2万5051、圧倒的多数で市長罷免が決定した。国民党、そして韓国瑜にとって、1月の総統選挙と合わせて半年間で2度目の敗北である。2018年11月、空前の「韓流ブーム」の中で市長に当選したとき、韓国瑜の支持票は89万2524票だったから、罷免票はこれをも上回った。

 なお、台湾での首長リコール成立はこれが初めてである。

併呑への危機感高まる

 韓国瑜といえば、18年11月24日の統一地方選挙では、14年から続く国民党の退潮ムードを一変させ、22の市長選挙で15勝という国民党大勝への道を拓(ひら)いたスターだった。

 振り返ってみれば、08年のリーマンショック後には、欧米の停滞を横目に、中国は急速な景気回復をもって世界経済を牽引(けんいん)した。一方、その年に台湾で誕生した国民党・馬英九政権は、対中緊密化路線をとり、中国政府と経済連携枠組協定を締結して対中貿易を積極的に開放した。さらに13年6月には、サービス、マスコミ、金融でも中台間の相互乗り入れを認める「サービス貿易協定」を調印した。

 しかし台湾では、同協定により経済を梃子(てこ)に台湾併呑(へいどん)を進める中国への危機感が高まり、14年3月、「ひまわり学生運動」が立法院本会議場を占拠して協定批准を阻んだ。一方、香港ではこの9月から、香港特別行政区行政長官の選出手続きにおける中国の主導権強化に反対する「雨傘運動」が展開された。

 こうして、重なり合う二つの危機感の中で進められた11月の統一地方選挙では、親中派国民党が大敗し、台湾自立派である民進党の躍進となった。

 その潮流は16年1月の総統・立法委員総選挙にも押し寄せ、民進党・蔡英文の総統初当選と、立法院における同党の単独過半数獲得という結果をもたらした。こうして約70%という高い支持率でスタートした蔡英文政権だったが、議会運営の混乱に加えて、中台交渉の断絶や中国人観光客の激減、さらに中国および親中派がSNSやインターネット世論を動員した民進党政権攻撃によって政権支持率は20%台に落ち込んだ。

 18年初秋、対中関係悪化と国内政治の停滞の間隙(かんげき)を縫って新星のごとく登場したのが国民党の高雄市長候補、韓国瑜だった。韓国瑜は、それまでの国民党有力者のイメージと対極をなす庶民的イメージと歯に衣着せぬ物言いで、親中マスコミの寵児(ちょうじ)となった。さらに、中国発のインターネット世論の後押しを受けて高雄市長に当選した。

 しかしながら昨年春、香港で逃亡犯引き渡し条例の改悪案が出されると、いわゆる「反送中」デモが発生、6月には燎原(りょうげん)の火のごとく広がって、ついには200万人規模となった。台湾では、「明日はわが身」とばかり中国による台湾併呑への危機感が高まり、台湾アイデンティティー隆盛の中、民進党・蔡英文が817万票の史上最高得票で再選を決めた。親中路線の国民党・韓国瑜は265万票差で大敗した。

 去る5月28日、中国の全国人民代表大会は、中央政府の治安機関を香港に設置し、言論の自由を封殺する「国家安全法」制定を決めた。中国による事実上の「一国一制度」の表明は、香港のみならず台湾にも多大な衝撃を与えた。

 その頃、市長リコール投票では、高雄市長に就任して間もなく総統選挙に立候補し、市長を3カ月休職して選挙運動を展開した韓国瑜に対する市民の怒り、さらには期待を裏切られた恨みの声と、台湾を第二の香港へと陥れる親中路線への批判の渦が巻き起こった。罷免派からの「光復高雄」の合言葉の中、韓国瑜はわずか1年半で市長の座を去った。

「主権の尊重」を要求へ

 3月に新たに国民党党首に選出された江敬臣は、中台間の「92年コンセンサス」の党是を見直し、中国に「台湾の主権の尊重」を求めようとしている。これには馬英九や連戦ら、国民党エスタブリッシュメントは反対だ。しかし、中国による台湾併呑へと続く「一つの中国」を認める古い看板を下ろさない限り、今後ふたたび台湾で国民党支持が回復することはない。そして国民党がこの一歩を踏み出すとき、台湾の「脱中国化」は不可逆的となるのである。

(敬称略)

(あさの・かずお)