中印対立再燃とインドの位置

東洋学園大学教授 櫻田 淳

「戦狼外交」展開する中国
対印関係深めるべき西方世界

東洋学園大学教授 櫻田 淳

東洋学園大学教授 櫻田 淳

 昔日、田中角栄は、政治の要諦として、「敵を減らすこと」を挙げた。これは、田中が念頭に置いた日本国内政局だけではなく、国際政治にも通用する準則である。現今、この準則に相反する対外姿勢を示しているのが、「戦狼外交」を展開する中国である。

 折しも、6月15日夜、インド北部ラダック地方、中国・インド両国の係争地帯にあるヒマラヤ山脈中のガルワン峡谷にて、中国・インド両軍部隊が衝突し、その衝突は、1975年以来、45年ぶりにインド軍に落命者が出る事態に発展した。62年の国境紛争以降、燻(くすぶ)り続けてきた中国・インド両国の確執が再燃したのである。

面子や威信の追求重視

 ナレンドラ・モディ(インド首相)は、17日にインド国民に向けた演説の中で、「インドは平和を望んでいるが、挑発されれば、相応の報復措置を講じる能力がある」と主張した。モディは、19日に野党指導者との会合の席でも、「国民は傷つき、中国の行動に憤っている。軍に必要な措置を取る自由が与えられ、インドの立場を中国に明確に伝えた」と述べて、中国を牽制(けんせい)したと報じられた。

 また、「ウォールストリート・ジャーナル」記事(18日配信)に拠(よ)れば、インドの主要な業界団体であるCAIT(全インド商業連盟)は、「玩具、家電製品、繊維製品など中国製品のボイコットを呼び掛け、ボリウッド俳優や著名スポーツ選手にも中国ブランドを推薦せず、不買運動に参加するよう求めた」とある。インドの朝野を挙げた対中感情の悪化は、もはや否定しようがない。

 「ロイター通信」記事(18日配信)は、衝突を招いた要因として、「衝突に至るまでの数日間に、中国側がこの地帯に機械類を持ち込み、山中に小道を切り開き、川をせき止めた可能性さえあることが、衛星写真から判明した」と報じている。

 これに対して、趙立堅(中国外務省副報道局長)は、「インド軍部隊が2度にわたり国境線を越えて違法な活動を行い、中国側に挑発行為や攻撃を仕掛け、重大な衝突に至った」と主張した。そして、趙立堅は、「この事件の善悪ははっきりしている。責任は中国にはない」と断じているのである。

 此度(このたび)の中国・インドの衝突の真相は定かではない。ただし、中国がたとえば南シナ海のような他の係争海域で示してきた対外姿勢を踏まえれば、中印国境のヒマラヤ山脈地帯でも似たような対外姿勢が採られたであろうと類推するのは、決して難しくない。

 「戦狼外交」の名の下、「利益」や「福祉」の確保よりも「面子(めんつ)」や「威信」の追求に重きが置かれるようになった中国の対外姿勢の様相は、そうした類推を一層、強くする。それは、中国の対外姿勢にあって、前に触れた「敵を減らす」という政治の要諦が顧みられなくなっていることの代償であるといえる。「戦狼外交」の末路が、そこに予見されている。

 米中第2次冷戦が幕を開けたと明白に語られるようになった現在でさえ、中印両国が核保有国である以上、その対立のエスカレーションは、避けられるべきである。

 ただし、特に日米両国の共通構想になった「自由で開かれたインド・太平洋」構想の展開に際しては、インドの存在が一つのキーになる。ドナルド・J・トランプ(米国大統領)が突如、披露したG7(先進7カ国首脳会議)拡大構想に際して、インドを迎えようとした意図は、そのようなインドの位置と結び付いている。

世界最大の民主主義国

 インドは、それ自体が日本や北米・西欧諸国のような「西方世界」とは異なる文明圏域を成し、その故に国際政治における「自律性」が強烈な国家であるけれども、それでも「西方世界」諸国には、インドとの縁を深める努力を続ける必要がある。

 インドが「世界最大の民主主義国家」として占める位置を思えば、それは尚更(なおさら)である。(敬称略)

(さくらだ・じゅん)