新型コロナが悪化させる米中関係

アメリカンエンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

記者追放に対し人数削減
イメージ戦線にも対立が波及

加瀬 みき

アメリカンエンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 中国政府がアメリカの主要3紙の記者に事実上、国外退去を命じ、新型コロナ対策で世界中が協力体制を取る必要がある中、ただでさえ悪かった両国間の関係の下降スパイラルがさらに加速した。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が2月3日付で「中国こそアジアの本当の病人」と題した論説を掲載した。著名な政治学者であるウォルター・ラッセル・ミードは中国政府の新型コロナウイルスをめぐる秘密主義的対応を批判し、感染が中国、そして世界に拡大した場合、中国の金融・経済体制が大きな打撃を受ける可能性があるとし、中国がそれに対応できるかに疑問を呈した。

米紙に謝罪と訂正要求

 しかし、中国政府は論説の内容に異議を唱えたのではない。論説等の見出しは筆者ではなく編集者が付けるが、その見出しが18世紀後半から19世紀はじめに中国に対して用いられた「東亜病夫」と同等の蔑称として中国政府や国民が激しく抗議し、政府はWSJ紙に謝罪と見出しの訂正を求めた。WSJ紙の社内からも見出しに対する批判があったが、同紙は中国側の要請に応じず、中国政府は同紙の記者3人に国外退去を命じた。

 時を同じくして米国務省がアメリカで活動する「新華社」など中国国営報道機関計4社を「報道機関」ではなく「外国代理人」と認定し、業務内容や要員の個人名を定期的に米司法省に申告するよう求めた。これに先駆け昨年2月に「中国グローバル・テレビ・ネットワーク(CGTN)」が「外国代理人」登録を了承していた。

 WSJ紙記者追放から2週間後には、米国務省が中国国営報道機関5社に米国内で勤務する中国人数を計160人から100人に削減するよう通達した。そしてこれに対して今月18日、中国政府がWSJ紙、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙に今年末までに記者証の有効期限が切れる米国人記者の10日以内の記者証返還を求めた。中国は米国人記者の記者証の有効期限を1年以内に絞っていることから、いずれほとんどの米国紙記者が滞在できなくなる。

 トランプ政権ではトランプ大統領が習近平国家主席と個人的な友好関係を強調する一方、ペンス副大統領が中国に対する警告を発してきた。昨年10月の演説では米国メディアを利用した中国による米国の世論工作に強い危機感を明らかにしている。国務省によれば、国営報道機関の中国人数削減は、在中米国人記者が約100人であるのに対し、米国は中国人400人以上に記者証を発行しており、相互主義に基づくという。

 中国政府の米国記者追放は報復手段の一環だけではない。中国政府のメディアの利用方法がデジタル時代に合わせ、より抜け目なくなった。開国と経済発展を目指した際の鄧小平、世界貿易機関の一員になろうとした江沢民は、西側メディアを都合に合わせ活用してきた。しかし、事実を曲げたり誇張したりしてのプロパガンダには海外メディアは邪魔となるだけではなく、デジタル時代には中国政府のイメージ工作に西側メディアは不要になったとも言える。

 中国で新型コロナ感染が収まりを見せ、一方でアメリカや欧州では事態が急激に深刻になっている今、中国政府のイメージ塗り替え戦略が始まっている。各国で中国ニュース局がその国の母国語で中国政府による対応の遅さを否定し、強引な対策がいかに有効であったか、今やいかに欧州諸国を支援しているかを巧みに宣伝している。中国外務省広報官がそもそもウイルスはアメリカ軍が持ち込んだと英語でツイートもする。

天安門事件以来最悪に

 一方、トランプ大統領は新型コロナウイルスの世界的伝播は中国の責任とするかのようにウイルスを「中国ウイルス」と表現し、ポンペオ国務長官も「武漢ウイルス」と繰り返す。米中間の対立は貿易や第5世代移動通信システムばかりでなく、あらゆる伝達媒体を活用したイメージ戦線にも及び、天安門事件以来最悪と懸念されるほど悪化している。

(かせ・みき)