軍事的価値変わらぬ北方領土

ロシア研究家 乾 一宇

オホーツク海を聖域化
SSBN配備続けるロシア

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 今年2月7日の北方領土の日は、寂しく終わってしまった。その都度、日露の領土問題交渉の報道はあっても、ロシアにとっての北方領土の軍事的価値は、日本ではあまり語られない。だが、領土問題を考えるとき、それを欠いた議論は均衡を欠く感がする。

 ソ連・ロシアにとっての「地の利」を考えてみたい。

国後・択捉島が防壁に

 大東亜戦争末期、日ソ不可侵条約を破って攻撃してきたソ連は戦勝者となった。スターリン首相(当時)は、日露戦争以来の積年の恨みを晴らしたと演説、千島列島は、太平洋からの攻撃に対し防波堤となり、太平洋に打って出る拠点ともなる、と言った。

 千島列島南部の国後島~択捉島~得撫島の間にある不凍海峡(国後水道および択捉海峡)は太平洋への艦艇展開の重要な航路である。

 スターリンが述べた千島列島の価値は、現在においても変わっていない。

 米ソ冷戦初期、朝鮮戦争が起こったものの、千島列島方面は波静かな状況であった。フルシチョフ政権の平和共存路線による軍縮により、ソ連は国境警備隊を残し、占領部隊は逐次撤退していった。北方領土地域からも、1962年頃に地上軍・航空部隊が撤退した。ところが78年、16年ぶりに地上部隊を再配置した。

 ここで一つ確認しておきたいことは、ソ連・ロシアにとって、米国本土を占拠することは極めて困難なことである。一方、米国は、欧州の北大西洋条約機構(NATO)諸国とともにソ連・ロシアを陸路侵攻できることである。これまでロシアは、ナポレオンやヒトラーに陸路侵攻されている。この非対称性は安全保障の問題を考えるとき、常に念頭に置くべきことである。

 戦略核兵器が発達し、弾道ミサイルを潜水艦にも搭載できるようになり、水中にある潜水艦の隠密性から、報復攻撃としての価値が高まった。ソ連にとって、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)デルタⅢ級の登場は米国の第一撃核攻撃に耐える兵器として重要なものであった。

 その配備海域が北極海とオホーツク海であった。米国を攻撃できるデルタⅢ級潜水艦は、対米戦略上2カ所の海域を確保でき、脆弱(ぜいじゃく)性が大幅に減少できる。

 オホーツク海への米艦船の進入を国後・択捉島は阻止、聖域化でき、重要な島である。

 ソ連時代後期、欧州正面において、陸上において通常戦を行い、米国が対応できない電撃攻撃で席巻する戦勝戦略をとっていたソ連にとって、米国の核攻撃を抑制できる第二撃SSBNの確保は大きな力であった。

 ソ連崩壊後、経済力が減衰、軍備に十分な資金を投入できないロシアは、抑止力としての核戦力に頼る戦略に転換、その重要な核戦力の一つがSSBNであり、その配備海域がソ連時代同様、北極海とオホーツク海である。

 ロシアになって、疲弊した経済から、戦力は大幅に削減された。SSBNの配備も北極海一つにして効率化する案が検討されたが、配備を2カ所のままにして、ロシアの考える300%の安全確保(法眼晋作元外務次官)をとることにした。それほど固執したのがオホーツク海の聖域化であり、国後・択捉島は大きな防壁である。

 プーチン氏が大統領に再選された2012年から、ロシア東部の経済開発が本格化されだし、軍事面でも軍近代化の大統領令が出され、北極・極東地域の海軍増強が明記されている。それを受け、同年から極東ロシアの軍事施設や空港を整備、新型のボレイ級SSBNや地対艦ミサイルを配備しだし、千島列島の松輪島、幌筵(ばらむしる)島への地対艦ミサイルの配備が計画されている。これはオホーツク海の聖域化の強化と近年注目を浴びている北極海航路の利用との二つに関連するものである。

極めて低い返還の公算

 このような北方領土を含む極東地域への軍事力の展開を見るに、プーチン・ロシアが北方領土を返還することは国際情勢、あるいはロシア内部に大転換が起こらない限り可能性は極めて低い。

(いぬい・いちう)