躍進めざましい宇宙ビジネス

慶應義塾大学大学院教授 青木 節子

画像提供やデブリ除去
国際安保の在り方にも変化

青木 節子

慶應義塾大学大学院教授 青木 節子

 民間宇宙活動の躍進がめざましい。これまで成長産業といわれながらも、宇宙産業は、通信衛星運用を除くと、政府、特に防衛関係部門の需要なしには、産業として確立したとまでは言えない状況にあった。それが2010年代も半ばを過ぎると、状況が一変する。

 これまで国家のみが追求してきた宇宙探査も民間の活動対象となった。既に米国は、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給機の製造・打ち上げは民間企業に委託しており、スペースシャトル以来の米国の有人往還機の開発も民間企業が担う。

月の資源探査や採掘も

 政府からの受注によるものだけではない。独自に月、小惑星や火星の有人・無人の探査計画を持つ企業も複数存在する。宇宙機関からの資金援助があったとはいえ、イスラエル初の月着陸機の製造も民間の手によるものであった。惜しくも着陸は成功しなかったが、民間企業が、米露中という宇宙大国に続く4番手に王手をかけたのは偉業である。日本企業も含め、月や小惑星の資源を探査し、採掘、売買につなげる計画も進められている。

 数百基から数千基の衛星を群(コンステレーション)で運用して、高速インターネットや撮像の頻度を大幅に向上させた画像提供を行う計画「メガ・コンステレーション」も実行段階に入った。1957年以来60年以上かけて約8000基の衛星が軌道に配置されたが、今後は数年で、それを上回る数の衛星が打ち上げられる可能性もある。

 となると、既に問題となっているスペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題がいっそう深刻となることは必至である。そこで注目されるのが二つの新たな宇宙ビジネスである。一つは、デブリ除去ビジネス。日本にはこの分野で世界的に有望な企業がある。もう一つは、軌道上の衛星の燃料補給や修理を行うというビジネスである。後者は、打ち上げ費用も含めると1基数百億円以上かかる高価な衛星の寿命を延ばすことが本来の目的であるが、結果的にデブリ低減につながる。

 新たな宇宙ビジネスは、国際安全保障の在り方も変える力を持つ。たとえば、宇宙条約は天体の土地所有を明確に禁止するが、土地に賦存する資源についての規定はない。早い者勝ちで自由競争に基づいて宇宙資源を採掘することの合法性をめぐって現在議論が戦わされている。特に月に存在するとされる氷から抽出される水素と酸素は、月に常設基地を建設するときには必須のエネルギー源であり、氷が賦存する場所が極地に限られていることから、鉱区をめぐり、新たな有人月探査の時代の国家間対立の要因―特に米中間の競争―となりかねない。

 デブリ除去ビジネスも、積極的、物理的に他の宇宙物体を宇宙空間から取り除く作業である以上、外形的行為が他の宇宙物体に対する武力行使、すなわち衛星破壊(ASAT)攻撃と同一である、という点が問題視されている。デブリ除去能力を涵養することは、ASAT能力を磨く、ということになるからである。この問題の解決のためには、除去作業を行う軌道、除去の方式と結果について、デブリ除去事業者とデブリとなった衛星の登録国が行う情報提供制度を国際合意で作り上げ、行為の透明性を確保することが必要と思われる。

新たな大航海時代到来

 民間が月軌道までを含めた経済活動を射程に入れて活動を始めたということは、新たな大航海時代が到来した兆候である。国家も、自国の船団の航路を確保し、その交易利益の極大化を援助し、新たな経済圏、安全保障圏での優位を追求する競争を戦い抜くことが必要となる。

 日本や欧州が米国の提唱する月軌道「ゲートウェイ」ステーション計画を含め、月探査に主体的に参画するのは、月軌道経済を共に築き、同時に月軌道までの宇宙活動がもたらす安全保障体制の変化を先取りし、自国の安全保障と富を確保するためである。

(あおき・せつこ)