酷似する英米の環境と挑戦

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

虚言・暴言多い両指導者
減税や移民排除で支持を獲得

加瀬 みき"

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 英国総選挙は保守党の大勝、労働党の大敗に終わった。これで英国は来月末には欧州連合(EU)をやっと離脱する。この結果をもたらした政治・社会的背景を見るとトランプ米大統領の勝利、トランプ大統領のアメリカと共通点が多い。

 保守党大勝に一番貢献したのはドミニク・カミングス選挙参謀と言われる。ラフないでたちで、鋭い目つきのカミングス氏は、背広姿の政治家や官僚の中でとげが出たように目立つ。同氏はジョンソン英首相誕生時点から今回の選挙戦術を立てていた。

 カミングス氏は英国のEU離脱(BREXIT)を決めた国民投票の離脱派の参謀だったが、離脱がなかなか実現しない中、同氏は離脱のためには前回選挙で過半数を割った保守党が過半数を回復し、離脱を強行するしかないとみた。

見えない将来像に不安

 国民投票から3年半。BREXITをめぐるさ迷いは国民を分断した。離脱の是非に始まり、その在り方、経済的影響、連合王国の分断をいかに防ぐかなどは、いくら議論しても多くが納得できる回答は見つかっていない。しかし、国民がいつまでもBREXITに振り回されることに辟易(へきえき)していることだけは確かだった。ビジネス界から金融界まで将来像が見えないことに不安を抱いていた。BREXIT以外のインフラ投資や教育、社会保障などの政策策定も進まない。

 そこで保守党は英国の将来のためにはとにかく離脱を完結しなくてはならないとGet Brexit Doneというスローガンを繰り返した。単純なメッセージは離脱がもたらす矛盾や対立は差し置き、離脱さえすればその後明るい未来が開けるという印象を生むことが目的だった。2016年のトランプ陣営のMake America Great Againも同じであった。中国の台頭などでアメリカが相対的に弱い立場になっている、損をしていると感じていた国民に強いアメリカが回復できるという思いを抱かせた。

 過半数奪回のために労働党の牙城であった北イングランドの「赤い壁」(赤は労働党の色)がぶち壊された。この地域の小さな町には「手を汚す仕事をしていた」、つまり鉄鋼業や炭鉱で職を得ていた人々が多いが、大都市の住民より貧しく、職や生活への不安を抱いているこの人々の多くが、今回初めて保守党に票を投じた。トランプ氏に投票したラストベルト(さび付いた工業地帯)の有権者のように、グローバル化に取り残された、移民を嫌う、社会政策では保守的な人々である。

 保守的な「赤い壁」地域の人々を念頭にインフラ投資、学校や警察への歳出増、貧困層への減税などを、一方で移民や犯罪に関してはより厳しい対策を打ち出すことを約束した。トランプ候補も民主党の「青い壁」を倒すために減税や歳出増、そして移民排除を掲げた。この結果、共和党も保守党も党の体質が変わった。

 ジョンソン首相とトランプ大統領には共通点が多い。トランプ大統領は真実との縁が薄いと言われるが、英国では保守党の支持者ですら、ジョンソン首相は言葉巧みでごまかしが多い、と信頼していない。嘘(うそ)つき、詐欺師とのあだ名が付いており、本選挙中の公約の中でも新設病院数や警官の増加数など、ひいき目にみても誤解の多い数字が列挙された。

 トランプ大統領は女性やマイノリティーを卑下する発言をし、難民をテロリストと呼ぶ。一方、ジョンソン首相も口や鼻も含め全身を覆うブルカをまとった女性を「まるで郵便ポスト」と形容したり、国民投票前に殺害された女性議員が「扇動的発言は危険」とした忠告をたわ言と言ったりする。

統治能力問われる来年

 両国とも民主主義の矛盾やグローバル化、開放的な政治社会制度がもたらす政治・社会的チャレンジに対応し切れず、取り残され絶望している人々がいる。この人々がトランプ大統領を生み、保守党に大勝をもたらした。有権者は政治家の言葉はどうせ嘘や誇張であることが分かっていながらも、夢が現実であると思いたい。

 トランプ大統領もジョンソン首相も選挙に勝つことにはたけている。二人を生んだ環境も整っていた。しかし両指導者の統治者としての手腕はどうか。来年、トランプ大統領は大統領選挙で、ジョンソン首相はEU離脱後の移行期間中の交渉結果が通信簿となる。

(かせ・みき)