日本国籍認定を求めて大阪地裁に提訴


沖縄発のコラム:美ら風(ちゅらかじ)

 日本統治下の台湾で生まれ育ちながら、戦後に日本国籍を喪失したのは不当として、台湾人の男性3人がこのほど、日本政府に日本国籍を有していることの確認を求める訴訟を大阪地裁に起こした。

台湾人原告の3人

台湾人原告の3人(中央が楊馥成氏)=4日、大阪市内

 原告の一人は楊馥成(ようふくせい)さん(97)。沖縄県平和祈念公園(糸満市)内に3年前、台湾出身者の戦没者を顕彰する「台湾の塔」が建立されたが、その原動力となった人物だ。楊さんは先の大戦で志願兵となり、戦後は農業技術者として沖縄とも関わりを持っている。

 楊さんは毎年、台湾の塔の慰霊顕彰祭に参加し、戦友の冥福を祈っている。日本統治下の台湾から戦地へ赴いた日本軍人・軍属は20万人以上。うち約3万人が命を落としたとされる。

 楊さんは大正11年、旧台南州の農家に生まれ、旧日本名は大井満という。台湾から夏の甲子園大会に出場し、準優勝したことで知られる嘉義(かぎ)農林学校(現在の国立嘉義大学)を卒業した。戦時中は第7方面軍の補給部隊に配属。食料確保のため奔走した。

 戦後も日本人としてのアイデンティティーを持っていたが、日本政府が昭和27年、サンフランシスコ平和条約発効をもって台湾の領土権を放棄。37年の最高裁判決では、日本と台湾間で結ばれた日華平和条約を締結したことで、台湾出身者は日本国籍を失ったとしている。

 楊さんは「台湾人は国家として認められず、世界で発言権がない」と指摘した上で、「台湾の青年が当時、大東亜戦争になぜ参加したのかを日本国民に知ってほしい」と訴えた。

 原告側代理人の徳永信一弁護士は、「原告の3人は日本人として生まれて日本人として戦い、最後は日本人として死にたいと希望している。それを認めてほしい」と話した。

(T)