李閣下の諭しと日本の覚悟

西田 健次郎OKINAWA政治大学校名誉教授 西田 健次郎

中国の覇権主義と対峙を
アジアの自由と平和を守れ

 日本台湾平和基金会は、大東亜戦争で日本兵として戦い、散華した台湾人の慰霊顕彰碑を2年前に建立し、去る6月24日に第6回の慰霊式を無事に終了した。李登輝友の会や県内外から赤誠の浄財の寄贈を頂き、心よりお礼を申し上げたい。

 政治家として尊敬してやまない李登輝閣下に顕彰のための揮毫(きごう)を依頼すると、来沖前、次のメッセージを寄せた。

 <時代が変わろうと人が変わろうと、人が命を犠牲にして他者を救わんとした行為は、民族や国家の如何(いかん)を問わず、人道の範として称賛され、語り継がなければなりません>

 この崇高なお言葉「為國作見證」という揮毫を賜り、関係者一同、感謝した。驚くことに、24日の台湾之塔慰霊祭および李閣下碑文の除幕式のために来沖し、前日の歓迎晩餐(ばんさん)会と24日夜の沖縄台湾華僑総会歓迎夕食会に出席する旨の連絡が台湾から入った。

 台湾一のVIPで世界的に著名な指導者である李閣下にとって、96歳のご高齢での来県となる。台湾のSPチーム、医師、看護師、また、旧日本人として大東亜戦争を戦った台湾老兵協会の先輩方、元国防大臣、立法議員(国会議員に相当)ら、およそ100人が来県することは、まさしく国家レベルの外交催事であり、本来ならば1年近くかけて準備すべき作業だ。ところが、急な決定であったため、わずか3週間での対応を余儀なくされた。

 少ないスタッフが徹夜作業で粗相のないことを祈りつつ、真摯(しんし)な取り組みのおかげで、無事、全日程を終えた。主催の日本台湾平和基金会会長で、現場の司令官とし、深甚なる御礼を申し上げたい。

 李登輝閣下は頭脳明晰(めいせき)だ。京都大学を卒業し、日本兵士官で戦った武士である。来沖中は、空港でのサプライズの講話も含め、流暢(りゅうちょう)な日本語で4回も講和した。

 総統退任後、3回目の沖縄訪問となったが、これまでの講話は明治維新の日本国、日本人に大きな影響を及ぼした福沢諭吉翁の「学問のすすめ」や、日本の歴史・文化・経済面での話がテーマだったと記憶しているが、今回はこれまでと異なるトーンで、正面から中国の覇権主義、帝国主義の実態を鋭く批判した。

 台湾は1000発のミサイルが向けられ、恒常的に文武両面からの威嚇、武力による統一圧力、ビジネス面からの政治圧力、台湾内部分断工作を受けている。中国の覇権主義は周辺諸国との緊張状態を作り出し、軍事衝突と理不尽な侵略で南シナ海の海域、空域を占拠してしまっている。ハーグの国際司法裁判所は、中国の国際法違反には厳しい判決を下したが、中国はこれを「単なる紙くず」と無視している。

 中国が持つアジア最大の人口と経済力・軍事力の脅威で、近未来にアジアの自由・民主主義、人権、平和が危機的な状況に追い込まれるのは必至である。中国の「一帯一路」構想は、ギラギラした野心に満ちた覇権主義であり、アジアのみならずインド洋諸国、中東、アフリカ、中南米にインフラ整備の名目で資金を投下している。港(軍事)、ダム、道路、空港などの建設は、中国系企業が請け負う。現場作業員も中国人が送り込まれ、そのままチャイナタウンを形成している。内外からじわじわと中国支配を謀(はか)っているのだ。

 軍事、経済で米国を凌駕(りょうが)し、世界覇者すなわち中華帝国成就を目指す習近平皇帝の遠大で強(したた)かな野望を冷徹に見極めることが喫緊の課題である。

 自由・民主主義国家の日本と台湾が絆を深めることは必要だが、その懸け橋となるキーステーションが地政学的にも沖縄である。

 以上のような論旨を李閣下は論じられた。しかし、沖縄県の県民意識調査では、90%の県民が中国に否定的な見方をしている。それにもかかわらず、故翁長知事と地元2紙は県民の民意に反対する政策で暴走している。

 1969年、尖閣諸島の海底に石油、天然ガス資源が豊富に存在すると国連アジア太平洋経済社会委員会(ECAFE)が発表。そして、伊平屋および伊是名沖の海底熱水鉱床資源が世界的に注目されて爾来(じらい)の中国の動きは露骨だ。

 中国共産党が「尖閣は中国固有の領土であり、沖縄を明国、清国の冊封体制に戻す」と公言し、その戦略である尖閣諸島など日本領海への公船の侵犯、中国戦闘機の領空への侵入を繰り返している。これは、日本人に中国の悪ふざけに慣れさせてしまおうという戦略戦術であり、その悪しき仕掛けに不感症になってしまっては、取り返しのつかない事態になる。

 日本国政府、日本人は敢然と対峙(たいじ)しなければならない。残念なことに、台湾人の慰霊式に、知事をはじめ県庁幹部、革新政党、「オール沖縄」の関係者の参加はなかった。かつて、社会党が北朝鮮の主体(チュチェ)思想を理想化し、北の楽園と喧伝(けんでん)していた。そのままの思考停止で硬直しているのだ。

 中国共産党はほくそ笑んでおり、反日反体制派(非国民)も中国が表裏で支援していると仄聞(そくぶん)もしている。李閣下の諭しに応えるとともに、日本、沖縄、台湾が覚悟を決めて始動したい。

(にしだ・けんじろう)