尖閣問題理解せぬ政府と国民

エルドリッヂ研究所代表・政治学博士 ロバート・D・エルドリッヂ

ロバート・D・エルドリッヂ

奪還戦略より実効支配
賢い行政と外交で防衛可能

 日本人は何らかの事件後の責任追及は上手だ。ところが事前に注意を喚起され、政策提言や問題提起を受けても、日本ほど行動しない国はない。東日本大震災で明らかになったように、「想定外」で事実と違っても最後まで言い訳する。近い将来、確実に失うであろう尖閣諸島(石垣市)の対応もそうなる。中国を甘く見る国民と自身の政策(本当は「無策」)に過大な自信を持っている日本政府や政治家は、奪われてから「予想外」と片付け、北方領土や竹島のように、地図の上だけの領土になる。

 皆さんの隣国の中国は、戦後一貫して領土拡大ないし領土をめぐる紛争を繰り返してきた。革命の1年後にチベット、内モンゴル、新疆ウイグル、東沙諸島、南沙諸島へ侵攻した。さらに、朝鮮戦争への介入、中印戦争、中ソ衝突、中越戦争をしてきた。言うまでもないが、依然として中国は、台湾が中国の一部であると主張している。

 そして、その中国は、日本が1905年から実効支配をし、間違いなく日本の領土である尖閣諸島を狙っている。東シナ海の真ん中にある地政学的に重要な尖閣諸島を、周辺に石油があると発表した翌70年あたりから領有権を主張し始めた。それ以来、さまざまな手法で、日本の「実効支配」を薄くし、日本の正当な立場に致命的な打撃を与えようとしてきた。その次に、地政学的に重要な在沖米軍と自衛隊の防衛体制を無力化し、最終的に日本を中立化させ、アジアから米軍を追い出す戦略がある。

 その中国の行動を黙認しようとしているとしか思えない安倍普三政権の責任は大きい。尖閣を失えば、もちろん中国が悪いし、強いて言えば、領有権に関して72年の沖縄返還に伴って中立政策を取ってきた米国も悪い。だが、日本だけに関して言えば、安倍総理の責任は24%になる。歴代総理大臣の中で最大だ。この数字はどこから出したかと疑問に思うだろう。復帰45年間、中国の尖閣政策に真正面に対抗してこなかったかを歴代総理大臣の数と在任年数を合計で計算した。過去については今さら何を言っても仕方がないが、指摘されても政策を変えずに頑固に目をそらそうとしている現政権にさらにマイナス10ポイントのペナルティーが含まれている。

 教職員評価の基準で見れば、Dマイナスになる。完全な落第点ではない理由は、那覇基地での航空自衛隊の戦闘機の数を倍にし、石垣市の海上保安庁の強化(11隻増)を予定通り実施したからだ。だが、もともとこれは民主党政権の時に決めたもので、自民党が自慢できることではない。より深刻な評価基準は、尖閣問題をめぐる日中、あるいは日米台中関係の対応を結局、現場の自衛隊に責任を負わしていることだ。今のやり方は問題を先送りしているだけだ。

 おかしなことに日本政府は、尖閣が奪われることを前提に戦略を考えている。もちろん最悪のシナリオを覚悟して準備するのは必要だが、順番は逆だと思う。奪われてから行動するのではなく、奪われないようにどうすればいいかということが先だ。このままなら尖閣の奪還戦略が必要となる。つまり、世界第2の経済力、世界第2の海軍力、日本の人口や面積の約10倍の中国との軍事衝突に対峙(たいじ)しなければならない。いくら自衛隊が優れていても、日米同盟が強固でも、それは賢いやり方ではない。大切な命を失い、限られた予算を使用する前に、国の別の資源を使うべきだ。

 以前から提示してきたが、日本は行政的な措置を取るべきだ。日本は施政権がありながら、中国(や台湾)の主張を受け入れ、遠慮して、その実効支配を全く示していない。しかも国会議員、政府関係者、沖縄県や石垣市など地方自治体の関係者、研究者、一般国民、海難事故の遺族ですら上陸することができない。

 そこで実効支配を示すために、灯台、気象台、ヘリポートや避難港の建設、国家公務員の常駐を行うべきだと提案する。米軍が78年以来、使用していない二つの射撃訓練場の単独使用の再開要請か自衛隊との共同使用、あるいは米軍からの返還(自衛隊への提供も)が必要となる。また、尖閣諸島の行政管轄の石垣市に、国内外に広報発信できる尖閣資料館を創設すべきだ。いずれは国際社会が歓迎する国際公共財になる。そして、日本にとってこれらは「行政的な抑止力」になると確信している。

 このような措置は安く済ませられる。しかし、軍事衝突は安く済ませられない。それでも「憲法改正が先だ」という保守派もいる。ではどうするのか。その間に中国の影響力や軍事力が拡大する。日本は国際社会、そして、国際法から見れば既に軍隊を持っているが、日本人だけがそれに気づいていない。憲法改正か尖閣諸島の政策再建かという二者択一ではなく、両方とも同時に進めればいい。

 国民には、尖閣諸島に関する中国の真の狙いを自覚してほしい。多くの国民は、「中国とけんかするような問題は一つもない」「尖閣問題を棚上げにすべきだ」「話し合いで解決すべきだ」「共同開発が望ましい」など、極めて甘く現状を見ている。尖閣は絶対に失ってはいけない守るべき日本の領土だ。奪還戦略ではなく、賢い行政と外交で防衛してもらいたい。