訪中で変身した米大統領

ペマ・ギャルポ拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ

言論・宗教弾圧を黙認
姿勢変えぬ安倍首相に期待

 10月下旬から11月に掛けてメディアの関心事は言うまでもなくトランプ米大統領の東および東南アジア訪問であった。同時にアジアの国々は日本の衆議院選にも関心は非常に高かった。トランプ大統領のアジア訪問に関してはいろいろな評価があったと思うが、私にとっては残念ながら期待外れであった。

 トランプ大統領は選挙前は中国のアメリカに対する貿易の不均衡のみならず、アジアにおける覇権を許さないとライオンのように吼(ほ)えていたが、日本に着いた時まだインド太平洋の安全保障と同盟国の重要性について触れ、まだライオンの威厳を保っていたように見えた。拉致家族と面会するなど多少同盟国に対しての気配りも見えた。

 韓国に到着すると、まだ日本との間に未解決のままである竹島のエビ料理をためらいなく平らげ、慰安婦と称する女性とハグしたりして、日本での振る舞いから想像もできないタヌキぶりを披露した。さらに北京に到着するや中国側の、まさにかゆいところに手が届く国賓以上の待遇に、習近平の飼い猫のように変身した。結局28兆円の商談で上機嫌になり、今までのアメリカの崇高な理念や世界のリーダーとしての尊厳を捨ててしまったとも言えよう。

 カーター大統領以来、アメリカの歴代大統領は中国を訪問するたびに中国国内の人権問題、チベット問題などについて改善を求め、アメリカが掲げる独立以来の価値観としての自由と民主主義のチャンピオンとしての立場を堅持し、常に中国に対し攻める姿勢を保ってきた。私が弱腰と思っていたオバマ前大統領でさえもアメリカの基本路線を堅持していた。

 しかし残念ながら今回トランプ大統領はアメリカ自身の安全保障と国際社会における優位性に直結する南シナ海における中国の人工島建設と軍備化に対しても少なくとも表立った発言はなかった。それどころかマスコミに対し「あなたたちは私が中国を批判するだろうと思っているだろう。私はこの素晴らしい中国の人々を批判するはずがないではないか」と言い、また習近平に関しては「賢くて良い男」と言って持ち上げた。非公式の場では「聞くところによると習近平は毛沢東以上の力を持っている指導者である」とまで言って、まるで習近平による国内における民主化指導者たちの投獄と言論や宗教に対する弾圧を黙認する姿勢をうかがわせた。

 トランプ大統領は直近の北朝鮮問題とアメリカへの投資、つまり狭い意味でのアメリカの国益を追求し、それをアメリカファーストというらしい。日本や韓国など同盟国を重視する一方、武器購入を推し進めたのも、これらの国々の安全保障よりもアメリカでの経済効果の次元で考えているのではないかという疑問を持った。

 このようなトランプ大統領の朝令暮改はアジアの多くの国に、アメリカに対する疑心暗鬼を膨らませ、揚げ句の果てに東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々のように、中国へすり寄っている国々が目立ってきている。今回のASEANサミットでも、今までのような中国による挑発的覇権行為に対し、それを批判する共同声明すらまとまらなかったことがその兆候であろう。

 このようなアメリカの曖昧な姿勢に対し、安倍首相の一貫した中国の覇権行為に対する警戒と牽制(けんせい)の路線に逆に大きな期待を寄せている国々が増えてきている。この地域においてリーダーシップが取れる国として今回の選挙で与党が安定多数の議席を獲得し、今後、日本がアジアにおいて十分な役割を果たすための憲法改正も可能になり、長期政権が安定したことで安堵(あんど)した国々も少なくない。今回トランプ大統領やティラーソン米国務長官がアジア太平洋政策として強調しているインド太平洋の概念もそもそもは安倍首相の発想であり、実際、推進役であるということは歴史が評価するに違いない。

 今、日本では経済界を中心に日中関係を改善する良いチャンスが訪れており、日本はこのチャンスを生かすべきだと積極的に動いている。アジアの大国として日中間における良好な関係を保つことは決して悪いことではない。だがそれは双方が対等平等な立場で両国の互恵に基づくものでなければならない。そのような意味でベトナムで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席した折の、安倍首相と習近平との首脳会談で、安倍首相の積極姿勢に習近平が「そのためにはまだもろもろの条件が整わなければならない」と言ってあくまでも中国がリードする姿勢を示した。これに対し、数時間後に安倍首相が台湾の高官と会ったことは極めて健全な主権国家としての毅然(きぜん)としたメッセージであった。

 日本国内ではせっかくの関係改善に水を差すようなことだと批判する人もいたが、翌日の李克強首相との会談も予定通りに行った。つまり中国が理解するのはへつらいや弱腰ではなく、力と威厳による姿勢である。今中国の習近平が国内において毛沢東以来の強権政治を行う立場に居ても、経済的には日本に頼らねばならず、政治的にも日本が無視できない存在になっていることを踏まえ、焦らずに慎重に進めることを望む。