「元気と存在感」与える道徳授業
答えは一つじゃない
札幌市立北野台中学校教諭 磯部一雄氏に聞く
今年度から全国の公立中学校で新しい学習指導要領による「道徳科」としての授業が始まっている。これまで導入のための準備期間があったものの、正式科目として順風満帆のスタートというわけではない。そんな中で、札幌市立北野台中学校の磯部一雄教諭は、20年前から道徳の在り方について探求し、10年前に自ら学習会「横山利弘先生を囲む道徳塾in北海道」(以下、道徳塾)を結成、研究と実践を積み重ねてきた。子供たちが元気になり、存在感を持つことのできる道徳授業の在り方について磯部一雄教諭に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)
生徒が主役、一緒に考える
子供と接点持てる有意義な時間
磯部先生は、10年前に道徳塾を結成され、以来、毎月1度の割合で道徳の授業をテーマにした学習会を開催していると聞きます。それは、どのような学習会なのでしょうか。

いそべ・かずお 1961年生まれ。北海道教育大学札幌校卒業。日本道徳教育学会会員。元札幌市教育研究推進会議・道徳部会副部長。平成25年、文部科学省「私たちの道徳」作成協力委員。26年、同省「私たちの道徳」活用のための指導資料作成協力委員。27年、同省新学習指導要領・道徳活用のための指導資料作成協力委員。29年度~30年度、文部科学省教科用図書検定調査審議会専門委員などを歴任。
横山利弘先生は、元文部省初等中等局教科調査官、元日本道徳研究学会名誉会長に就いておられた方です。横山氏が唱える道徳的価値に対する考え、教材分析等の手法は道徳科の専門家からも高い評価を受けています。私と横山先生の出会いは、およそ10年前になりますが、道徳の授業に対して大きな衝撃を受け、以来、研究と研鑽(けんさん)を積むという目的で道央圏内の教師を中心に道徳授業の学習会を毎月開いています。また、3年前から全道だけでなく大阪や東京、京都、福島などから先生方が一堂に集う学習会を年1回開催し、今年は3月23日に行いました。
私もその学習会に参加しましたが、とてもユニークなものだったように思います。一般的な数学や理科の授業とはかなり違っていましたね。
まず、発表者(先生の役割をする人)は、道徳の授業で使う教材となる読み物・資料を用意しますが、その資料分析と授業づくりの検討を徹底的に行います。次に、模擬授業では、マグネットやシートを用いて参加者(生徒の役割をする人)が、発表者の問いに対して積極的に意見や感想を出し合っていきます。一つの答えがあるわけではありません。いろいろな思いや意見が出ます。それが貴重なんですね。授業への参加を促すことで、互いに授業力を高めていく。こうして学習会で培った授業づくりに基づいて、それぞれの先生が自分の学校に帰って道徳の授業を実践していきます。理科や数学のような先生が壇上から一方的に話す授業とは異なります。あくまでも道徳の授業は生徒が主役です。
道徳塾をつくった10年前といえば、道徳授業に対する世間の評価はそれほど高くなかったと思います。そうした中で、あえて道徳に力を注いだのはなぜなのでしょうか。
確かに、当時は道徳そのものに対してはそれほど話題に上ってなかったように思います。ただ、個人的には道徳の授業は子供と接点を持つにはとても有意義な時間を与えてくれると感じていました。というのも、どこの中学校にも手のかかる子供はいるのです。いわゆる“やんちゃな”子供ですね。理科や数学といった普通の教科ではなかなか認めてあげる機会が少ない子供たち。ところが道徳の授業だけは違って、その子たちの存在を認めてあげる余地や可能性は非常に大きいのです。自分の思いや意見を、自由に語っていい授業が道徳です。それを教えてくれたのが横山利弘先生でした。
それまでは、どちらかというと教師の側が、力で生徒を抑え込むかのような教え方がありました。しかし、それでは上手くいかない。オーソドックスな道徳の授業をするにしても、子供たちには深く考えられないことが多い,あるいは授業として子供たちが乗ってこれない空間をつくっていた。そんな実態がありました。一方、少しでも子供たちに喜んでもらえるような、考えてみてよかったなと子供たちが思える授業をつくりたい。子供たちともっと真剣に向き合える授業が学校の中にないといけないのではないか。私自身、30代後半から40代前半までは、そう思いながら非常にもがいて教師生活を送っていました。そんな時に横山先生の学習会の存在をを知り、このままではいけない。きちんと勉強して学び、それを発展させ、子供を元気にする道徳を根付かせたいという思いでこれまで取り組んできました。
学習会への参加者は増えているのでしょうか。また、道徳の授業を行う上でのポイントは、どの辺にあるのでしょうか。
おかげさまで学習会へ参加される方は年々増えています。結成当時は一握りでしたが、現在は大会などを開催しますと全国各地から100人以上の方が参加します。
それから道徳の授業を行う上でのポイントは、子供たちの考えを遮断せず、まずは全てを受け入れるという姿勢が大事なのではないかと思います。子供たちが答えを発したら「オーッ。素晴らしい」と真に受け止める。子供と一緒に喜び、一緒に悩む。子供は先生から受け止められると喜び、安心します。そして友だちや同級生に同調されると、学校に来るのが楽しくなるのです。ですから、教師の資質あるいは力量という点でいえば、子供たちの考えを最初から遮らず、全てを真に受け入れる。それが何よりも最大のポイントになると考えています。
公立中学校での道徳の教科化は始まったばかりですが、現状をどのように見詰めておられますか。
北海道の場合で見ますと、全体的には厳しい状況かもしれません。道徳の授業に対して、熱心ではなかった時代があります。道徳科としての授業に取り組む時間は十分あったとは思いますが、体系的に対応してこなかった。普段、道徳をやってこなかった先生が、いざやろうとしても付け焼き刃でできるものではありません。道徳の先生を養成しようにも、教員養成の大学には道徳教育に履修単位は2単位しかなく、教師は現場に入って学ばざるを得ません。道徳の科目を充実させるにはしばらく時間がかかると思います。その一方で、児童生徒のために教材研究を重ね、創意工夫を図ろうという熱意ある先生たちもいます。その地道な取り組みが生かされるよう、微力ではありますが学習会、講演会等で協力を惜しまないつもりでいます。