シンポジウム「スポーツと道徳を考える」

「心に物差し」を持って目標と目的を見誤らない指導を

 近年スポーツ界での不祥事が相次いでいる。日大アメフット選手による悪質タックル事件、女子体操や女子レスリングの体罰・パワハラ問題などだ。このような問題がなぜ起こってしまうのか、道徳の観点から議論し、スポーツ界の健全な発展のために道徳教育をどのように生かしていくかなどを考えるシンポジウム「スポーツと道徳を考える」がこのほど、東京・本郷の文京区民センターで開かれた。(川瀬裕也)

「体罰・暴力」の根本に教育観の混乱も

スポーツを通した「気付き」が大切

シンポジウム「スポーツと道徳を考える」

シンポジウムの様子、(写真右から)高橋史朗氏、山川達也氏、山口香氏、豊嶋建広氏

 道徳教育を主に研究する公益財団法人モラロジー研究所が主催する同シンポジウムで、全日本柔道連盟監事の山口香・筑波大学教授は「スポーツの未来・受け継ぐものと変わるべきもの」というテーマで基調講演した。

 その中で山口氏は、「体罰や暴力の問題は、1964年の東京オリンピックに原点がある」と主張。「まだ戦後間もない頃の日本が、世界を相手に獲得した金メダルの数は16個。この数を日本選手団はオリンピック史上一度も超えたことがない」という。「当時は、勝つことがミッションになってしまい、『殴る』『叩(たた)く』が当たり前の時代だった。そうやって育ってきた世代が、(64年の)東京五輪を超えようと、行き過ぎた指導をしてしまっている」と持論を展開した。

 また、受け継いでいくべきものとして、自身が取り組んできた柔道を例に挙げ「嘉納治五郎(講道館柔道の創始者)先生は、柔道の目的を自己の完成と世の補益だと言っている」とし、「世の中を良くする人を育てていくことこそ柔道の原点」だと主張。「勝つことだけではなく、そういった『思い』を私たちは引き継いでいかなければならない」とまとめた。

 第2部では、スポーツ・道徳分野の専門家を交えて、今後のスポーツ界の在り方などについてのシンポジウムが行われた。前出の山口氏に加え、麗澤大学陸上競技部監督の山川達也氏、同大学特任教授で日本武道学会理事の豊嶋建広氏、同大学大学院特任教授でモラロジー研究所教授の高橋史朗氏がシンポジストとして登壇した。

 この中で高橋氏は、スポーツ界で相次ぐ不祥事の背景にある根本問題は、指導者と選手間の意識のズレと、教育観の混乱であると指摘。特に「体罰・懲戒・躾(しつけ)について認識が混乱している」と分析した。

 これに関して山口氏は「そもそも柔道などの『道』の文化は体で覚え込ませるもの。踊りや歌舞伎でもそうだが、手の位置が違うとピッと手を叩くことがある、体で感じて覚えることを大事にしてきた。それが悪用されて、いかにも躾であるかのように体罰に変遷していったのでは」と分析した上で、「虐待を行っていた親は必ず『良かれと思って』『躾のつもりで』と言う」とし、「人間が何かを判断する時には『物差し』が無いと、良いか悪いかの基準が分からない。これはスポーツの指導者も同じだ。指導者自身が、その子の将来を見据えた上で、心に『物差し』を持って、目標と目的を見誤らないように指導しなければならない」と強調した。

 現場で選手を指導している山川監督は「実際、大学や世間からの(結果を求められる)プレッシャーはある」とした上で、「選手に寄り添い、同じ方向を向いて指導できているか、常に考えるようにしなければならない」と指導する側の難しさを語った。

 また、道徳教育をする上でのスポーツの役割についての議論で、高橋氏は「スポーツを通して仲間と汗を流し、道を悟る『流汗悟道』が、道徳の感性的な部分の気付きにつながる」と述べ、「道徳には気付きが大切だ。スポーツを通してどういうことに『気付かせる』かが価値観教育に役立ってくる」と強調した。

 主催者代表の山岡鉄秀・モラロジー研究所研究員は「このシンポジウムが、スポーツと道徳の関わりについて関心を持ってもらうきっかけになれば」と話した。

 昨年4月に、小学校で道徳が教科化され、今年の4月から中学校でも同様に「特別の教科・道徳」がスタートしていく。健全なスポーツにおける道徳教育について改めて見詰め直す必要がありそうだ。