世界から認められる研究実績を
沖縄科学技術大学院大学グルース新学長に聞く
最高レベル維持へ十分な予算確保必要
遺伝子制御および発生生物学の分野で国際的に著名な研究者で、ドイツのマックス・プランク学術振興協会の会長を務めたピーター・グルース博士が1月、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の学長に就任した。グルース氏に科学技術研究のあり方、OISTの今後の運営、財政支援について聞いた。(那覇支局・豊田 剛)
――OIST学長として赴任しての印象は。
まず過去の経験を生かしてOISTで働くことができることは率直にうれしい。
学長の要請を受け入れた最大の理由は、日本が新しいタイプの大学を創立し、これまでになかった募集や財政支援を実施しているからだ。
日本の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は4%未満で、世界の先進国と比べれば少ない。そのうち、研究・開発の分野は1%にも満たない。
日本の大学システムは良く機能していて、日本経済の将来を保証するものとなる。ただ、現在は第4次産業革命を迎えている。人類が経験した最大の挑戦にいかに取り組むかが問われる。
――そのためにはどのような運営が必要になるか。
世界で最も優秀な学生、研究員、教授を受け入れており、これまではうまくいっている。科学分野の成功は、どれだけ権威ある学術誌に研究成果が掲載されるかで測ることができる。約3分の1の研究は、一度も引用されずに終わっている。これは誰も気に留めない価値のない研究で、お金の無駄遣いということを意味する。
OISTはこれまでも、最高レベルの研究をし、今後も続けていく。OISTの特徴は、教員の6割が外国人。日本のトップの国立大でも1割程度だ。グローバルで魅力的な大学院大学として認められている。
ただ、こうした人材を引き付けるためには、研究者・教授に十分な給与、生活環境、そして研究予算の確保を約束することが必要になる。もう一つは、ハイリスク研究(注釈1)でも政府から財政支援の約束を得ることが必要だ。
――当面の目標、重点分野は何か。
私は5年以内に教員、学生、実験室の数を倍に増やしたい。世界トップの大学院大学にするため、委員会にノーベル賞受賞者を含めた6人の世界的な科学者を招き入れようと思っている。
現在、OISTが強い分野は植物生態学、海洋生物学、物理学などに優れた人材がいる。異分野間研究にも期待している。
――地元の教育機関などとの連携はどうか。
地元大学との大学コンソーシアム沖縄(注釈2)形成はすでに着手している。中でも、琉球大学との連携では、医学部に注目している。米軍返還跡地の西普天間地区に移して拡張する予定の医学部が持つ臨床分野と、OISTが得意とするライフサイエンス分野、研究機器が補完し合うことで相互が利益を得ることができる。また、両校の教授の交換も視野に入れている。
医療分野では、治療よりも予防医学が重要になり、医療コストを抑えることができる。沖縄県民の健康はもちろん、「沖縄の自立的発展と、世界の科学技術の向上に寄与すること」がOIST設立の理念だ。
――OISTは現代社会にどのように貢献していけるか。
バリューチェーン(価値連鎖)のスタート地点が大学だ。イノベーション・エコシステムの必要な要素がそろって初めて沖縄がハイテク産業集積地になる。
2007年の米国の研究では、新規雇用の70%は5年以内に創出された企業によるものだ。これは10~20年後には今と全く違う世界になることを意味する。大学などの高等教育機関は、知識を提供することはもちろん、世界のスピードに付いていけるよう、伝統的な企業と早期かつ密接に協力すべきだ。そうすれば、ハイリスク研究がやりやすくなる。
そのため、世界では学術機関のそばに立地する企業が増えている。そうすれば、企業の支援で研究を進めることができる。OISTでもこうした取り組みが始まっている。OISTの研究成果を企業の力を借りて製品化することができる。
こうした取り組みは日本の大学システム、イノベーションにとって良い機会になる。政府の支援を期待したい。
ピーター・グルース博士
遺伝子制御および発生生物学が専門のドイツ人の研究者。ハイデルベルク大学で分子生物学博士号を取得。トイツのゲッティンゲンのマックス・プランク生物物理化学研究所分子細胞生物学部部長を16年間務めた後、2002年から14年まてドイツのマックス・プランク学術振興協会(MPS)会長を務めた。
(注釈1)ハイリスク研究 研究目標が達成されるかどうかには高いリスクがあるが、成果が出るとインパクトがあり、分野の進展に貢献するなど非常に大きな影響を与える可能性が高い研究。
(注釈2)大学コンソーシアム沖縄 沖縄県内の大学が有機的連携により教育研究を発展させ、かつ、産学官の連携により地域社会の活性化と発展に貢献することを目的とする。