支援の“負”に目を向けて、懸念される過剰診断・投薬
市民の人権擁護の会 日本支部 代表世話役 米田倫康さんに聞く
注意欠陥多動性障害(ADHD)や自閉症、アスペルガー症候群などの発達障害者支援法の施行(2005年)から11年が経過した。今国会では、地域の支援体制強化など、支援拡充のための改正法が成立する見通しだ。しかし、同法については過剰診断、過剰投薬などの問題も指摘される。精神医療による人権侵害の監視活動を行う「市民の人権擁護の会(CCHR)日本支部」代表世話役の米田倫康さんに、同法の問題点などについて聞いた。(聞き手=森田清策)
発達障害者支援法が改正へ
――発達障害者への支援のための地域協議会を新設できるようにするなど、発達障害者支援法改正案が近く成立します。
支援法は早期発見を謳っています。早期に専門家に繋げることで正しい診断が下されるはずだと多くの人が思い込んでいます。そこが落とし穴です。必ずしも正しい診断、適切な治療や支援に結びついていない事実に目を向けるべきです。
――支援法の「負」は何ですか。
早期発見の問題点が知らされず、ひたすら推進されることから“発達障害バブル”、あるいは魔女狩り的な発達障害者捜しのような動きになっていることです。それは主に教育と医療の二つの面で起きています。
教育面では、支援法の本来の意義を誤って解釈している人たちが見られます。発達障害と言われる人々の特性を理解して、生きやすいように配慮された社会をつくるというのが支援法の本来の意義です。しかし、今はちょっと変わった子供をすぐに医療機関に渡すという、どちらかというと、支援ではなくて排除に向かっている現実があります。
――もう少し具体的に。
教育現場は大変です。扱いづらい子を集団から外したり、薬でおとなしくさせたりすれば楽かもしれません。しかし、適切な指導や配慮によって解決できる問題までも、すべて子供の脳の問題だとして医療に丸投げする姿勢は、教育のプロとしての責任の放棄です。一部にその傾向が見られます。
中には、医者に処方された薬の副作用がつらいので「飲みたくない」という子供に対して、「飲まないなら学校に来るな」という教師がいます。教師には強制投薬の権限はないのに、私たちへの相談にはそうした事例が少なくありません。
――文科省の調査では、発達障害の可能性がある小中学生は6%を超えています。
その数値には科学的・疫学的根拠はありません。断言できます。その数値は、児童精神科医らが作成した75項目のチェックリストに従い、医師ではなく担任教師が児童生徒を“主観的に”評価してはじき出されたものです。あくまで学習や行動に困難を抱える児童生徒を特定する調査にすぎず、脳機能障害とされる発達障害を特定するわけではありません。しかし、これらが「意図的」に混同させられ、いつの間にか発達障害が6%という根拠のない数字が独り歩きすることになりました。
この数値が大きければ大きいほど、“業界”の利益に結びつきます。この数値を根拠に、制度や予算が組まれるからです。この数値の影響は深刻です。普通学級に2、3人の発達障害者がいるはずだと思い込んだ教師による、過剰な発達障害者捜しにも繋(つな)がっています。
――医療面の問題について。
過剰診断、過剰投薬です。これらは世界中で問題になっています。国連児童の権利委員会は締約国に対してADHDの過剰診断、過剰投薬に対して強い懸念を示し、その被害を防ぐことを勧告しています。
発達障害の診断は時にスティグマとなります。誤った診断が将来や可能性を閉ざす恐れがあります。そして、不必要な投薬は深刻な健康被害を引き起こします。
しばしば使われる向精神薬は、発達段階にある子供の脳にどんな影響をもたらすのか十分に分かっていません。しかし、国の調査によると、安全性や有効性が確かめられていない適応外処方や併用処方が目立ちます。初診で2歳児に適応外処方の抗精神病薬が説明なく処方されるなど、安易な投薬の実態が当会に報告されています。
――なぜ、そうしたことが起きるのか。
時間をかけて、発達障害ではない可能性も鑑別して慎重に診断を下すよりも、チェックリスト診断ですぐに診断、投薬する方が楽だと考える質の低い医師がいます。また、製薬会社と密接な関係のある一部の権威が、前述した6%の数値を喧伝(けんでん)するなどして需要を過剰に作り出す問題があります。実際、ADHD治療に使われる薬(コンサータ:07年販売開始、ストラテラ:09年販売開始)の売り上げは急増し、抗うつ薬の認可後にうつ病患者が急増した時と同じ現象が起きています。
ですから、支援法に関する私たちの主張は、早期発見だけを奨励するのではなくて、そのリスク、とくに過剰診断、過剰投薬を引き起こす利益相反の構図や誤った支援による被害者の存在を軽視することなく、そこを検証した上で支援を広げてほしいということです。
=メモ= <よねだ・のりやす>
1978年、兵庫県生まれ。私立灘中・灘高、東京大学工学部卒。2000年から精神医学による人権侵害を調査・摘発し、メンタルヘルスの分野を改革する「市民の人権擁護の会」に参加。14年から日本支部代表世話役。






