高校教科書の憲法制定過程、民間草案の影響評価は“七冊七色”

省略から「大いに参考」まで

 昨年6月の公職選挙法等の一部改正によって6月19日以降の国政選挙(恐らく参議院選)から選挙権年齢が18歳に引き下げられるが、これは憲法改正に必要な国民投票法の整備に伴い導入されたものだ。間もなく投票権を行使する高校生の教科書で、現行憲法の制定過程がどのように記述されているか調べてみた。(武田滋樹)

民間草案の影響評価は“七冊七色”

各出版社の平成28年度用高校教科書『日本史A』

 対象とした近現代史に力点をおいた日本史Aの教科書は全部で7種類。そのうち山川出版社と実教出版社が2種類ずつ発行している。

 いずれの教科書も、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が新憲法草案を(短期間で)作成して日本政府に示し、それをもとに政府は改正草案をつくり、帝国議会での審議・修正を経て、11月3日、日本国憲法を公布したという基本的な事実の記述に大差はないが、民間の憲法草案がGHQ案に及ぼした影響の扱い方は教科書ごとに特徴が表れている。

 民間草案の影響力を最も高く評価しているのが、第一学習社の『日本史A 人・くらし・未来』だ。

 制定過程の記述の前に一段落をとって「…各政党や民間団体も独自の憲法草案を作成した。民主的な憲法を期待する世論が強いなかで、国民主権(主権在民)を明記した憲法研究会の草案は、GHQの草案に影響をおよぼした。」と指摘している。

 これに加え、傍注で同研究会について「高野岩三郎らによって結成された民間知識人グループで、1945年12月に憲法草案を公表した」と説明するほか、エピソード「平和への情熱」の欄を設け、同研究会で条文の起草を担当した憲法学者、鈴木安蔵を顔写真付きで紹介している。

 冒頭で改めて「…GHQは日本人のつくった憲法草案を大いに参考にしていた。」と明記。その上で、鈴木が戦時中にきびしい思想弾圧をうけながらも、自由民権や大正デモクラシーの歴史を深く学び、「その研究の成果を、国民主権・基本的人権・男女平等などとして憲法草案に盛り込んだ。」と指摘。さらに、「平和を願い軍隊についての規定はあえて書かず空白としたが、GHQはそこに第9条をいれた。」と付け加えている。

 まるで鈴木案をGHQが補完したかのような書き方だが、鈴木は太平洋戦争(大東亜戦争)のはるか前、1929年2月に治安維持法で逮捕され、32年6月まで収監された経歴を持つ、生粋のマルクス主義憲法学者。また、同草案の国民主権や象徴天皇制につながる草案の大枠を決定したのは高野や森戸辰男とも言われており、鈴木をこれだけクローズアップする必要があるのか疑問だ。

 GHQの憲法草案に民間草案が与えた影響については教科書の筆者によって微妙に異なっている。この点に関する各教科書の記述と、他の特徴的な内容をまとめてみる。

 清水書院 本文は「この間、各政党や民間からも独自の憲法草案が提出された。」だけ、傍注にも「民間の憲法研究会では、森戸辰男など数人によって、国民主権、基本的人権、社会権の尊重を謳った憲法草案がつくられた。」とだけ記し、GHQ案への影響に関する記述はない。

 ただ、「こらむ」で46年5月27日付「毎日新聞」掲載の政府改正原案に対する世論調査結果を掲載。戦争放棄への賛成が約70%に及ぶなど改正案が国民の支持を受けていたことを表した。

 山川出版社 『日本史A』は本文に「その間、高野岩三郎らによる民間の憲法研究会は、…『憲法草案要綱』を発表し、…GHQはこれも参照していた。」と記述。

 他の特徴は「GHQ草案がそのまま新憲法となったのではなく、日本政府案の作成や議会審議の過程で追加・修正が行われた。」として、参議院を加えた二院制となり、第9条第2項に「前項の目的を達成するため」との字句が加えられ、自衛のための軍隊保持に含みを残した(いわゆる芦田修正)ことが明記された。

 『現代の日本史』は本文、傍注に民間草案への記述なし。

 東京書籍 本文中、「この間、各政党や民間団体も独自の憲法草案を作成したが、なかには自由民権期の私擬憲法を参考にしたものもあり、民主的な憲法を期待する世論は高まっていた。」と世論の高まりに焦点を当てた。

 実教出版 『高校日本史A』は本文に「なかでも鈴木安蔵ら憲法研究会の案は、自由民権期の憲法案やワイマール憲法(ドイツ)の影響を受け、…その民主的な内容はGHQによって高く評価された。」と記述し、日本国憲法の前文(抜粋)、第1、9、11条と並べて、憲法研究会の草案の抜粋を掲載。

 『新日本史A』は本文に「なかでも自由民権運動に学んだ憲法研究会の案は、GHQ案に影響を与えました。」と記し、傍注で高野岩三郎が独自に起草した共和制案も紹介している。

 その他、写真資料としては47年の中学1年用教科書『新しい憲法のはなし』の戦争放棄に関する挿絵(東京、実教2種)、国立公文書館所蔵の日本国憲法原文(山川『現代…』)、憲法公布記念祝賀と民大会の写真(清水)なども掲載されている。

(敬称略)