戦後のスポーツ振興に生涯を捧げた大島鎌吉

石川県金沢市のふるさと偉人館が企画展を開催中

 大島鎌吉――ほとんど聞き慣れない名前だ。企画展のタイトルもユニークだ。「ホップ・ステップ・ジャンプ!」得意とした三段跳びになぞらえている。また「跳ぶ哲学者」の異名も持つ。現在、金沢市のふるさと偉人館で開催されている。「跳ぶ~」の他に、「アジアのカール・ディーム」「東京オリンピックをつくった男」「学生スポーツの父」などの異名を併せ持ち、戦後日本のスポーツ振興に生涯を捧(ささ)げた。(日下一彦)


三段跳び選手として活躍、日本陸上競技の黄金時代築く

戦後のスポーツ振興に生涯を捧げた大島鎌吉

晩年の大島鎌吉=金沢市のふるさと偉人館

 大島鎌吉(1908~85年)は陸上競技の三段跳びの選手で、ロサンゼルス五輪(1932年)に出場し銅メダルを獲得、4年後のベルリン五輪では旗手と主将を務め、競技では6位入賞を果たした。また、34年には同種目で世界記録を樹立するなど、輝かしい成績を残している。

 周囲から「鎌ちゃん」「鎌さん」「ケンキチ」と親しみを込めて呼ばれたという。その人物像が連想される。金沢市の履物商を営む商家に生まれ、金沢商業学校競争部に入部し、それを機に三段跳び選手として才能を開花させた。関西大学に進学し、上海で開催された極東選手権競技大会では銀メダルを獲得。同世代の織田幹雄(アムステルダム大会で金)、南部忠平(ロサンゼルスで金)らと切磋琢磨(せっさたくま)しながら、国内外の大会で記録を伸ばし、戦前の日本陸上競技の黄金時代を築いた。

 選手としての活躍のみならず、指導者としても優れた資質も発揮している。1939年、ウィーンで開かれた国際学生競技大会に参加中に第2次世界大戦が勃発すると、選手たちをすぐに帰国させ、自身は従軍記者としてドイツ戦線を取材。その記事は東京日日新聞(現・毎日新聞)のスクープ記事としてたびたび1面を飾り、混沌(こんとん)とする欧州情勢を日本に伝えた。ベルリン陥落後、一時ソ連軍に拘束されるが、日ソ中立条約がまだ機能していたため、辛うじて解放され、日本に帰国できた。

青少年育成に尽力、1964年の東京五輪招致にも貢献

 戦後は記者を続ける傍ら、青少年育成と平和の理念を掲げ、日本のスポーツ復興と発展に全力を注ぐ。国民体育大会の実施、国際大学スポーツ連盟への復帰、東京オリンピック招致、日本スポーツ少年団発足、大阪体育大学創設を目指して国内外を東奔西走と、すべての活動を成就させ、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せた。東京オリンピック開催の年を「日本のスポーツ元年」として、スポーツの裾野を広げるための官民一体政策「みんなのスポーツ」運動の推進・展開にも力を注いだ。

 大島が「東京オリンピックをつくった男」と呼ばれるのは、1964年の東京五輪招致に貢献し、同時に選手強化対策本部長と日本選手団の団長を務めたからだ。しかも、「金メダル獲得数15個」と豪語し、関係者を驚かせた。どこからこんな強気な発言が出るのか、多くの人がいぶかったが、実際にそれを上回る16個を獲得した。

 大島はそれだけの読みがあった。五輪前に欧州を視察し、情報収集していたからだ。しかも、現代にも通じる科学の目で選手の体力を分析し、それらを駆使して力量を導き出した結果だった。当時そこまで見極めた組織トップは稀(まれ)だった。ちなみに、この時金メダル数は米国、ソ連に次ぐ3位、銀5、銅8個を獲得して開催国の面目を保った。

異名は「跳ぶ哲学者」、没後にオリンピック功労賞を受賞

戦後のスポーツ振興に生涯を捧げた大島鎌吉

展示されている大島鎌吉が着用した制服など=金沢市のふるさと偉人館

 「カール・ディーム」とはドイツのスポーツ学者で、生涯交友を続け、大島の活動はディームがドイツで実践したスポーツ思想に多大な影響を受けている。

 大島語録にも「哲学者」と呼ばれるに相応(ふさわ)しい言葉が残っている。「根性も良いが、上達のポイントは科学の効用だ。それに競技者はいつも“戦う心”を忘れないことだ」とある。合理的な訓練と闘争心という心技体の一致をいち早く説いている。面白い語録もある。

 聖火ランナーは全国の若者が担うべきだと説いた。原案では政財界の有力者が担うことになっていたが、「スポーツとは無縁のビール腹の大人たちが、パンツ姿で衆人環視の道路を走ったらどうなるか。あなたたちは想像したことがありますか?」とバッサリと切り捨てた。

 晩年に至るまで、スポーツによる平和運動を提唱し続け、没後こうした活動が評価されて、日本人初のオリンピック功労賞を受賞している。この賞は本来、存命者のみを対象にした賞だが、大島の受賞は異例のことだった。

 同展は11月14日(日)まで、入館料 一般・大学生310円、65歳以上210円、高校生以下無料。問い合わせ 電話076(220)2474。