6年間の思い出を輪島塗りの沈金パネルに残す

輪島市の全小学校で、学校生活や家族のことなどを卒業制作に描く

 石川県輪島市の教育委員会では、ふるさとの伝統文化に触れた体験を将来にわたり伝えていけるようにと、平成16(2004)年から市内の小学6年生全員に共通の卒業制作として、輪島塗の沈金体験を実施している。黒漆を塗ったパネルに学校生活や家族との思い出などを描き、専用のノミで彫り、最後に金粉を施す。鮮やかな出来栄えに子供たちは感動ひとしおで、貴重な体験となった。(日下一彦)


輪島塗りの職人さんから手ほどきを受け、伝統工芸を体験

6年間の思い出を輪島塗りの沈金パネルに残す

大好きな花や風景などを描いた沈金パネル=石川県輪島市の県輪島漆芸美術館

 卒業制作は昨年11月下旬に始まった。県輪島漆芸美術館の講堂に、各学校の指定日に集まり、半日かけて、輪島沈金業組合員の職人さんの指導の下で取り組んだ。パネルの大きさは縦12センチ×横13・5センチで、黒漆が塗られ、高級感たっぷりだ。そこに思い思いの絵を自由に描いた。学校生活や家族との思い出、好きな花や花言葉、かわいがっているペット、輪島港で水揚げされたタイやフグ、そして輪島の祭りに縁起物の七福神など、題材は自由だ。

 まずパネルの4分の1ほどの手板で試験彫りしてノミの感触に慣れる。児童のほとんどは沈金の専用ノミを手にするのは初めて。沈金は蒔絵(まきえ)とともに漆芸の装飾技法の一つで、蒔絵は色漆を塗り重ねるのに比べて、沈金は専用のノミで絵の線を彫り、彫った溝に漆を塗って金粉を施して作品を完成させる。彫りだけでなく、ノミの平らな面で表面を削る技法もあり、両方を併用すると作品に深みが出る。

 子供たちにとって、専用ノミに触れるのは初めて。まして漆塗りの面を削るのも初めての体験だ。力を入れ過ぎて削り過ぎると取り返しがつかない。その微妙な力の入れ具合がポイントになる。また、曲線を彫る際は板を手前に回しながら少しずつ彫り進める。その辺の具合は、手板を使って職人さんから手ほどきしてもらった。

 制作課程の感想を見ると、「失敗出来ないので、とても緊張した」「丁寧に彫る作業が大変で、握力が無くなりそうになった」など、根気よく取り組んだ苦労がつづられている。最後の仕上げは職人さんたちがパネルに漆を塗り、溝に金粉を埋め込んでいく。漆黒の面には埋め込まれた金粉で描いた絵が浮き上がり、見違えるように表情を変えるのを見て、子供たちは「わー、きれい!」と感激の声を上げていた。

込めた思いとともに全児童の作品を展示、輪島らしい良い思い出に

6年間の思い出を輪島塗りの沈金パネルに残す

わが子や孫の作品に目を細める保護者=石川県輪島市の県輪島漆芸美術館

 今月初め、同じ会場で全児童の作品を展示した「メモリアルパネル展」が開かれ、全パネル153点が展示された。一点一点に「制作にあたって頑張ったことや苦労したこと」「デザインに込めた思い」などが記入されている。コロナ禍で学校行事が縮小されるなどハンディがあったが、作品には頑張って生活してきたことが伝わる。それを見ていくと、制作に込めた子供たちの純真な思いが読み取れる。

 幾つか紹介すると、「曲線を削るのが難しくて、時間がかかった。でも完成したパネルをみて、時間をかけてていねいにけずってよかった」「中学校や高校に進んでも、パネルを見て、思い出せるようにと思いを込めた」。また、花言葉を彫った児童は、「ガーベラ」は「未来」で、「私にぴったりな花だな~と思った」。家族5人の誕生花を描いた女児は、「私の名前はフランス語で月というので、月を書いて家族を光らせたい」と記し、温かい家庭の雰囲気をにじませている。菊の花を彫った男児は、「花言葉が真実なので、みんなにウソをつかない人になりたくて」制作したという。

 また運動会で選手宣誓した女児は、その光景を彫り込み、「パネル作りがいい思い出になった」といい、「将来の夢が獣医」という男児は、自宅で飼っているハムスターを繊細に彫っていた。どの作品にも希望にあふれる6年生らしさが感じられた。

 会場を訪れた保護者はわが子や孫の作品に目を細めながら、「わしらの頃は卒業式で文鎮や辞書をもらったが、この沈金パネルは輪島らしい良い思い出になる」「大人になって見た時に故郷を誇れるだろうね」との声が聞かれた。作品は卒業式で各自に手渡される。