能楽師が指導、「土蜘蛛」に取り組む「鎌倉こども能」
稽古場に凛とした空気、「一生の宝となる貴重な経験」
神奈川県鎌倉市では次代を担う子供たちに、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されている伝統芸能の能楽を通して、日本古来の行儀や作法を学んでもらおうと、昨年度から「鎌倉こども能」事業をスタートさせた。一流の能楽師の指導の下、能「土蜘蛛(つちぐも)」を稽古し、今年3月には保護者や市民を前に練習成果を披露する発表会を開いた。引き続き今年度も12人の子供たちが、来春の本番を目指して練習に励んでいる。(日下一彦)
保護者は「謡や所作、振る舞い」の完成度に感動
「鎌倉こども能」は市内在住・在学の小学4年生から中学生が対象で、昨年度は11人(定員は15人)が、平日の夕方から夜間にかけて、夏休みと冬休みを含めて、本番まで合わせて20回余り稽古を積んだ。今年度も同程度の稽古が予定されている。
子供たちを指導しているのは、観世流(かんぜりゅう)シテ方能楽師の中森貫太氏と中森健之介氏親子(いずれも鎌倉市在住)。中森貫太氏は能の基本である謡(うたい)を根気強く教える指導方法に定評があり、初心者の子供たちにはうってつけの講師だ。演目は『土蜘蛛』で、世に災いをなす毒蜘蛛とそれを退治しようとする勇士たちを描いている。
見どころは、シテ(蜘蛛の精)が投げ掛ける千筋(ちすじ)の糸とそれを切り払って戦う武士たち。華やかに虚空を舞う糸と鈍い光を放ってそれに応戦する“名刀”の一進一退の攻防が舞台を盛り上げる。ちなみに“名刀”は神の加護を受けており、鈍い光を放って千筋の糸に応戦する。
「演目事典」によると、現在のようにたくさんの糸を投げる演出は、明治初期の金剛流家元、金剛唯一が工夫したと言われている。確かに白い蜘蛛の糸が放物線を描いて宙に浮く様子はショー的要素が強く、見た目にも華やかだ。
一方、稽古場では先生方が醸し出す“凛(りん)”とした雰囲気があり、キリッとした空気が漂って、本物さながらの舞台作りに励んだ。平日の稽古は夜6時から8時までで週1回行われている。本物の装束で、舞台も「鎌倉能舞台」を使って稽古している。
子供たちは先生方の熱心な指導に引き込まれ、「すり足や構え、立ち方や座り方、目線など難しいけれど、先生に教えてもらってできるようになるとうれしい」と話し、成長をうかがわせている。
3月の発表会では保護者や市民ら180人余りが訪れ、会場は満席、立ち見が出るほどの盛況ぶりで、子供たちの熱演を見守った。本番での子供たちの感想を見ると、「たくさんの人が観(み)に来てくれてうれしかった」「本番は緊張で手に汗をかいてしまったけど、糸をうまく投げれて良かった」「お囃子(はやし)の音を聴いて動くのは難しいけれど、かっこよかった」「もっとお稽古がしたい!」など、子供らしい率直な声が寄せられている。担当している鎌倉市文化人権課では「子供たちにとって一生の宝物となる貴重な経験となったようです」と説明している。
本番では先生方が用意した本物の装束やかつら、道具を身に着けた。それについて子供たちは、「装束は重かったけど本当にかっこいい!」「着物が好きになった」と大満足の様子。歩き方や謡(うたい)の言い回しが難しいと感じながらも、「演じて楽しかった」との声が多数寄せられた。保護者からは、「謡や所作、振る舞いを良く覚えて演じていて感動した」など好評だった。さらに「地元鎌倉で伝統芸能を学び、発表する場があることがうれしい」「多くの子供たちが参加できるよう、この事業を長く続けてほしい」との声も聞かれた。
同課では「能は個人では敷居が高いと感じる世界かもしれませんが、日本の文化に触れ、学ぶチャンスが欲しいと思っている方は多いようです」と話し、これからの上演に手応えを感じ取っている。今年度の発表会は来年3月15日(日)、「鎌倉能舞台」で予定されている。







