パリの治安悪化に懸念広がる
フランス・パリ首都圏で今年に入り、スリ被害が急増している。外国人観光客だけでなく、パリ市民も被害に遭っており、深刻さを増している。暴力事件も増加して治安が悪化する一方、移民流入への反発から極右の台頭現象が起きており、社会の分断と対立に懸念が広がっている。
(パリ・安倍雅信)
スリ被害急増、暴力傷害も
移民流入で極右勢力台頭
仏内務省の統計では、パリ首都圏のスリ被害は今年に入り、10月までに59%増加し、逮捕者は104%増だった。逮捕率の高さの背景には、地下鉄駅構内などへの監視カメラの増設だけでなく、警戒に当たる警備職員がカメラを携帯するなど、総合的な映像分析が効果を挙げていることも指摘されている。
パリ中心部、多くの地下鉄や都心と郊外を結ぶ高速列車RERが交差するシャトレ・レ・レアール駅では、前年度比2倍の被害が報告され、西郊外のビジネス街、ラデファンスでは3倍に増加している。ルーマニアから来た非定住民ロマ(ジプシー)の少年少女たちによる地下鉄車内や駅構内でのスリは常態化しているが、最近はアラブ系犯罪グループも増えている。
犯行の手口は高度化している。邦人被害者の1人は、地下鉄車内で背の高いアラブ系の男がスマートフォン画面を上方向から見せられ、注意をそらされた隙にバッグから財布を抜き取られた。10分後にはATMでクレジットカードから現金がキャッシングされていたという。カードから情報を盗み取るスキミング被害も急増している。
パリ交通公団(RATP)の「運行システム保全・治安グループ(GPSR)」は、11月14日よりウエアラブルなカメラを見回りの警備担当者に本格的に装着させた。地下鉄駅構内などに監視カメラを増設し、徹底的な映像分析でスリ犯の逮捕と抑止に取り組むため、100万ユーロ(約1億2千万円)を投じるとしている。
仏日刊紙ル・フィガロは先月、パリ警視庁がパリの各区長宛に毎月提出する非公開の犯罪集計レポートを入手し、それを基にパリの治安状況が悪化していると報じた。同紙によると、2019年1月から9月までに市内で発生した暴力傷害事件は、3万5000件を超え、前年同期比で9%増加した。
暴力事件の中身は金品目的が多く、パリのマレ地区やパリ市役所がある4区で70%増(487件)、ルーヴル美術館がある1区で40%増(約1000件)だった。1区はチュイルリー公園があるほか、土産品店や高級ブティックも多く、年間9000万人の外国人が訪れる観光スポットだが、被害が多発している。
家宅侵入窃盗はパリ全体で7・2%増加。邦人居住者の多い8区、16区でも増加している。恐喝や脅迫、公道での喧嘩なども増加し、器物損壊被害は1万8000件以上と、前年同期比で13%増えた。
ここ数年、パリの治安が悪化していることを肌で感じるパリ市民は増加している。治安悪化には1年にわたる反政府抗議デモ「黄色いベスト運動」で市内が荒廃していることや、左派のイダルゴ市長が多様化の促進で不法移民までも放置したのが原因との批判もある。白人フランス人のパリ脱出は増加する一方で、白人の人口流出は止まらない状況だ。
治安悪化と移民増加を結び付けるのは乱暴な議論だという指摘もある一方、治安悪化を懸念するフランス人有権者が、移民排斥やイスラム教の拡大阻止を訴える極右政党を支持する傾向は強まる一方だ。
先月3日に起きたパリ警視庁内部で同僚4人を刺殺した事件では、加害者の職員が2013年ごろから聖戦主義に傾倒していたことが確認され、公務員の中にも過激思想が拡大している実態に衝撃が走った。先月28日には仏南西部バイヨンヌで、極右思想に傾倒する84歳の男がイスラム礼拝所モスクを襲撃し、男性2人が重傷を負う事件があった。
今月10日には、極右勢力への懸念から在仏イスラム教徒がパリで抗議デモを行い、1万人以上が参加した。治安の悪化とともに反移民感情、反欧州連合(EU)感情も高まっており、政府はクリスマスシーズンを前に、社会の分断による対立のエスカレートを懸念し、警戒を強めている。






