自衛隊、頼れる「最後の砦」

 平成という時代が終わろうとしているが、この30年間で、自衛隊を取り巻く環境は大きく変わった。

 国内では雲仙普賢岳噴火後の災害派遣を皮切りに、常に災害現場に自衛隊がいる。また、イラク戦争後のペルシャ湾への海上自衛隊掃海部隊の派遣を皮切りに、国際貢献活動も新たな任務となった。

 災害派遣や国際貢献活動などを通じ、国民の自衛隊に対する認識も大きく変わる中、今月17日に行われた防衛大学校の卒業式に出席した安倍晋三首相は、訓示の中で次のような話を披露した。

 「本日は、昭和51年に卒業されたOBの皆さんもお集まりです。皆さんがこの小原台(防衛大のキャンパスのある神奈川県横須賀市走水の台地)で学んでいた頃、裁判所で自衛隊を憲法違反とする判決が出たことを覚えておられる方も多いかもしれません。当時、自衛隊に対する視線はいまだ厳しいものがあった。皆さんも、心ない批判に晒されたかもしれません」

 安倍首相が言うように、自衛隊は昭和の時代には国民から「税金泥棒」と言われたり、日陰者扱いされたこともあった。日教組の教員による自衛官の子供に対する差別的言動も数え切れないほどだ。作家の大江健三郎に至っては、防衛大の学生に対して「現代青年の恥辱だ」という暴言を吐いたこともある。

 しかし、今や多くの国民は自衛隊に期待しているし、頼りになる存在だと思っている。今も自衛隊に批判的な姿勢を示しているのは、日本共産党と「空想的平和主義」を主張する一部の国民ぐらいだろう。

 私は、防衛大に平成元年4月に入学。卒業後は陸上自衛官に任官し、退官後は民間人の立場で自衛隊の活躍を応援してきた。「防衛レーダー」の連載を担当するようになってからは、自衛隊の現場の生の声や課題を本紙の中でもたびたび伝えてきたつもりだ。

 自衛隊は現在、精強さを維持するための諸改革に取り組んでいる。新しい時代になっても、自衛隊はいざというときの「最後の砦(とりで)」でいてほしいと私は思う。

(濱口和久)