フェイク退治を名分に、世界で報道の自由抑圧が進む

山田 寛

 世界流行語大賞があれば、今年の1位は「フェイク(偽)ニュース」だろう。

 報道を「国民の敵」と呼ぶトランプ米大統領は、先日も「報道の80%はフェイク」と決め付けた。

 日本にも例の慰安婦報道などがあるから、トランプ流毒舌も頭から否定はできない。だが少々毒が強すぎる。

 その毒が世界に回り、報道の自由の後退を加速させる。後退の一大要因は、強権超大国の中露、特に中国の影響力拡大だが、「米大統領すら報道を信用せず、敵対している」事実が、「フェイクニュース退治」を口実にした報道抑圧への追い風となっている。自由を求めるジャーナリストは、強い味方にはしごを外された。そんな状況に報道の自由をウォッチする国際NPOは、強い警鐘を鳴らしている。

 ニューヨークに本拠を置く「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)は、法規制や検閲、ジャーナリストの殺害や投獄などの情報を集め、その都度「警報」を出している。今年の警報は現在約240件。大忙しである。

 最近の例でも、ベラルーシでは6月にフェイクニュース処罰法案が国会を通過、8月に警察が独立メディア3社を急襲、ジャーナリスト17人以上を一斉拘留した。

 ネパールでは8月、「通常の取材活動の多くが犯罪となる」新刑法が施行された。

 エジプトでは、7月初めにもフェイク容疑で新たに8人が起訴された。

 バングラデシュでは8月、国の最高の芸術賞も受賞した報道写真家が、役人の汚職や学生デモ弾圧など、国を傷つける嘘(うそ)意見を表明したとして拘留された。

 マレーシアでは、4月に前政権下で施行されたフェイク処罰法が、8月にマハティール新首相によって、ひとまず撤回されたが、同首相も以前、厳しいメディア弾圧で名をはせた人物。今後別の報道規制導入の可能性がある。

 ケニアやナイジェリアなどアフリカでも、反フェイクやサイバー規制の法強化や摘発が目に付く。

 そして中国。7月、共産党地方幹部らの腐敗を批判していたブロガーが妻、兄弟2人と共に逮捕された。2月には米政府系ラジオのウイグル語放送の在外ウイグル人記者4人の留守家族9人以上が拘留されている。冷酷な家族連座の抑圧だ。

 ロシアでは、「『外国の代理機関』のため働くジャーナリストらを、『外国の手先』と見なし厳しくチェックする」法律ができつつある。7月末、中央アフリカ共和国でのロシア人秘密傭兵(ようへい)問題を調査取材していたロシア人3人が殺された。

 今年、世界で殺されたジャーナリストは、戦場取材中も含め39人に上る。

 だが、今世紀初めからの報道の自由の後退を如実に示すのは、投獄の増加だ。01年118人、06年134人、11年179人、16年259人、17年262人(トルコ73、中国41、エジプト20人の順)。今年150人以上が新たに逮捕・拘留・投獄されており、投獄人数は更に増えそうだ。

 中露や「欧州最後の独裁国家」ベラルーシは別として、バングラデシュ、ネパール、マレーシア、ケニアなど、NPOの自由・民主度調査で中位に評価されてきた国々にも、反フェイクのバンドワゴン(隊列先頭の楽隊車)への相乗りムードが広がっている。

 別の有力NPO「フリーダムハウス」の調査では、今「自由な報道」という温室の中にいるのは、日本など世界人口の8分の1だけ。官房長官会見で執拗(しつよう)な政府叩(たた)き質問を繰り返す東京新聞の女性記者が「自由のため戦うジャンヌ・ダルク」と一部で持ち上げられたが、温室内のジャンヌ・ダルクなんて…。外の戦いは一層厳しくなっている。

(元嘉悦大学教授)