急減する日本沿岸のサケマス

小松 正之東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

大堤防建設などが拍車
生態系の維持と回復が急務

 地球環境の異変が日本中と世界中に多く発生しているが、これが海の中でも起こっている。人類の世紀(Anthropocene)が地球の崩壊をもたらすのではと懸念する良心的な科学者、生物学者が増加している。

 北アメリカ西海岸からアラスカ沿岸にかけて2013~16年に広範囲に暖水塊(Blob)が発生した。

 日本海と東シナ海の海水温の上昇が、100年間でそれぞれ1・71度、1・23度と著しい。日本海と東シナ海は比較的水深が浅く、たらいの形状をしているので水が温まりやすい。大気中の二酸化炭素は海水中の水と結び付いて、海洋の酸性化を招いている。この海洋酸性化がサンゴ礁の白化現象を引き起こし、死滅の原因とも言われている。豪グレートバリアリーフ海洋公園研究所によれば、畜産業とサトウキビ農業による農薬、肥料と排泄(はいせつ)物による富栄養化、都市化や港湾ターミナル建設による海岸線の埋め立て変化も温暖化とならびサンゴ礁の死滅の原因であるとされる。このような気候と海洋の変化ならびに陸海をつなぐ生態系が激変し、それが生物多様性の減少に大きな影響を及ぼしていることが懸念される。

 その象徴的な出来事として、最近二十数年の日本のシロザケの回帰量が1996~2003年頃の25万トンをピークに大きく減少し、昨年17年はわずか7万トンと約70%を約20年間で失ってしまった。これは資源管理とサケマス孵化(ふか)放流の誤りや不完全さによるものだけではなく、陸上の人工的な改変と農業、都市開発によるものと考えられる。陸上の針葉樹を広葉樹に植え替えて、河川を直行型にした。結局はこれで短時間に大量の河川水を集積し、海洋に流そうとして、かえって河川堤防の決壊を招き、人命を失ったり、家屋の被害が多くなったりしている。

 また一方で、平時の水量が大幅に低下して、私たちの現場での調査(15~17年岩手県気仙川・広田湾総合基本調査)では、場所によっては平時には川底が見え、10%程度に減少した所も多い。河川水中の栄養分も河川横の伏流水の出入りも阻害され、水たまりの機能を果たす河川の脇に形成される湿地帯や水田も少なくなっており、それらの場所で形成され、河川水に溶解する栄養分が大幅に低下しているとみられる。

 12・5メートル大型堤防は地下にも堤防の高さ以上の17メートルの砕石を柱状に入れ(「グラベルコンパクションパイル工法」という)て、軟弱地盤を改良しているが、これは地下水の流れを遮断し、海への栄養の流れを止めている。また、近隣の森林を伐採して土を運搬し、市内の土地を8メートルかさ上げしたが、その後はその森林を再生するミティゲーションもしていない。環境破壊が随所で起こっており、泥や砂が気仙川に流れ込む。これらがサケの回帰の減少に拍車を掛けていると考えられる。

 ところでカリフォルニア州はサケマスの一大回遊地であったが、近年はそれが激減し、ほとんどサケが見られなくなった。アーモンドや米作に大量の河川水を使用し、それで河川水が大幅に減少したこと、都市化が進んで環境が劣化したことと、地球温暖化の影響を南部地方ほど大きく受けやすいことが原因であるとみられる。米国アラスカ大学の研究者によればワシントン州やオレゴン州では都市化の影響でサケの回帰が少なくなっている。11年の東日本大震災による津波の後ではアラスカのシロザケの回帰量が増加した。北太平洋の海域の生産量に限界があるとみられると分析する。上限があるとすれば、最近のロシアと米国の孵化放流の増加と回帰量の増加に結び付き、逆に日本の回帰量の減少に結び付いている可能性は高い。

 日本のサケマスの急激な減少は本州から始まって、岩手県ではピークの約15~20%まで減少した。北海道の30%に比べて急速な減少である。しかし、その北海道も北に位置するオホーツク海は減少が少ないが、南部に位置する襟裳岬の東西や根室地方と日本海の減少は著しい。

 日本の沿岸も防災のためと称して、堤防を造り、河川を直行させて、大量の水を瞬時に海洋に流し出す仕組みに変えてしまった。河川水の適切なバランス量と質によって、沿岸域の湿地帯、磯、藻場や干潟が出来上がり、そこに無数のバクテリアとプランクトン、微小生物がいて、魚介類と海藻類が生息し繁茂する。二酸化炭素も吸収し、酸素も発生し、そこには多くの底生生物やサケやタラ類の餌となる小魚や小さな甲殻類も発生する。

 しかし東日本大震災の後、陸前高田市の高田松原海岸だけでも2000メートルに及び、三陸海岸の全長に及ぶ大堤防を建設したが、これらの堤防はコンクリートで自然を固めて自然の恵みを破壊した。環境評価なしでの建設は米国では考えられない(ハインズ・スミソニアン環境調査研究所長)。

 コンクリートの自然への投入には、陸地と海をつなぐ生物にとって非常に重要な生態系の破壊という負の大きな側面があることをわれわれは認識すべきである。これらの生態系はサケだけでなく、あらゆる海からの恵みに影響を及ぼす。漁業と養殖業が末代まで続くには生態系の維持と回復が緊急の課題として重要である。

(こまつ・まさゆき)