安保理は機能不全で、生物・化学安全保障は闇の中

山田 寛

 

 2020年、新型コロナ大感染とも関連し、生物・化学兵器の問題、生物・化学安全保障の行き詰まりが、改めて浮き彫りになった。

 10月、「オープンソサエティー正義のイニシアチブ」(OSJI)など、シリア内戦を追ってきたNGO3団体が、ドイツ連邦検察にアサド政権の化学兵器使用(犠牲者約1500人という13年のグータ市の事件など)を初めて告発した。ドイツでは外国でのこうした事件も扱うのだ。

 NGOはまた調査報告書を、化学兵器禁止機関(OPCW)調査班、国連機関、米司法省などに送付した。特に政権の元関係機関職員ら約50人の証言をもとに、シリアがいかに実態をごまかしてきたかを明らかにしている。グータ事件後、シリアはOPCWの監視下で化学兵器を廃棄し生産・開発計画を放棄すると約束し、関連施設27カ所の申告もした。だがその後OPCWの現地調査の目をくらまし続け、今年8月の米国務省声明によれば、50回以上も化学兵器を使用した。

 OPCWは報告書を85回もまとめた。今年は16年~18年の3件に関する報告を化学兵器禁止条約国会議と国連安保理事会に提出した。

 でもアサド政権は否認し続ける。

 安保理はこの件でもロシアと中国の拒否権で機能不全に陥っている。先月の安保理でも、ロシアは「OPCWの報告書など主観的で、何の証明にもなっていない」とはねつけた。中国もOPCWに「公正公平な調査」を促した。米英仏独側はロシアがOPCWにサイバー攻撃までしたことを指摘し、“親亀と子亀”を糾弾したが、今回も非難合戦に終わった。「これでは安保理の権威がまる崩れ」という声が空(むな)しく響いた。

 裁判を求めたNGOは、ナチスの戦争犯罪を裁いたニュールンベルク裁判の小型版につながれば…と願っている様だ。だが道は遠い。

 ロシアでは今年8月、反政権活動家、ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件が起き、欧州連合(EU)が一部制裁を実施した。安保理でも英独両国がロシアに真相徹底究明を強く求めた。だが、邪魔者毒殺事件は止(や)みそうもない。

 北朝鮮は中露などと共に生物兵器クラブ(16カ国だとか)の有力メンバーで、10種以上の病原体を保有中とも言われてきたが、今夏、新型コロナワクチンを開発中だと発表した。世界は少々驚き、「真のねらいは生物兵器の更なる開発ではないか。タイムリーな人道目的を掲げ、関連物資の禁輸解除をねらっているのだろう」などとの憶測も飛んだ。北朝鮮の生物研究開発レベルは相当高いのだ。脅威は軽視できない。

 北朝鮮の化学兵器も不気味な闇の中だ。貯蔵量は世界3位、2500㌧以上などと言われてきた。先ごろ、米人監督による映画「わたしは金正男を殺してない」が公開された。金正恩委員長の異母兄の暗殺事件で実行犯にされた外国人女性2人のドキュメンタリー。主犯の北朝鮮工作員は逃げ去ったままだ。生物・化学兵器テロは“悪い奴(やつ)ほどよく眠る”。

 中国・武漢から感染が始まったコロナの発生源はどこか、生物兵器との関係は全くないのかなども闇の中だ。3月、習近平国家主席は発生源を徹底調査すると言い、5月の世界保健機関(WHO)会議で国際調査受け入れ姿勢を示した。

 だが中国はその後、強く「独立調査」を求めたオーストラリアに報復するばかり。自身の調査結果も当然公表せず、最近は、発生源は米国だ、イタリアだ、インドだなどと責任そらしキャンペーンを展開している。

 テロ集団による生物・化学兵器使用への懸念も増している。ロシアや中国などがこうした態度でいる限り、生物・化学安全保障は闇の中をさ迷い続けるだろう。

(元嘉悦大学教授)